いってらっしゃい、いってきます。


広々とした部屋に大きな窓がいくつも並んでいる。差し込む光が眩しくて温かくて、純白のドレスがさらに輝いて見える。
ふわふわと宙に舞うそれは異国の姫を思わせるようで、どこか心が浮き足立ってしまう。だけどそれと同時に不安や緊張も高まっていく。もし会場に行くまでに転んでしまったらどうしよう? ちゃんと親への手紙を読めるだろうか? 考えれば考えるほど今すぐこの場から逃げ出したくなる衝動に駆られる。
……とりあえず落ち着こう。
傍にあった椅子に腰かけて深呼吸を一つ。心が少しだけ落ち着いた気になる。
顔を上げれば正面には大きな鏡台が綺麗にメイクアップしてもらった顔を映し出している。普段洗面台で見ているそれとはまったくの別物で、本当に自分の顔なのか疑問に思う。つねってみたり押してみたりしてみれば歪むのは鏡に映った顔で、それはすなわち私自身の顔だった。……うん、やっぱり私だ。

「うーん……うーん?」

だけどいまいち現実感がないというか……自分の顔じゃないような気がしてしまう。だけどそれはいま、嫌と言うほど確かめた。これは正真正銘私の顔だ。いい加減慣れなくては……と思ったけれど、鏡を見なければいいだけの話ということに気付く。
鏡から視線を外したところで控室のドアが控えめにノックされる。小さく返事をすれば式場の係の人の声がドア越しに聞こえる。

「こゆみさん、そろそろお時間ですよ」
「……わ、わかりました」

遂にこの時が来てしまった。再び緊張が覆いかぶさる。
……うう、心臓が口から出てきてしまいそうだ。
もう一度今度は大きく深呼吸をして、椅子からゆっくりと立ち上がる。
履き慣れない高いヒールでよろめきそうになるのをなんとか堪えて、一歩一歩確実に歩みを進める。
足、捻ったらかっこ悪いなあ……。こんなことだったらもっと歩く練習をしておくべきだった、なんてほんの少しばかりの後悔をしたところで後の祭りなのだろう。
漸くドアのところまでたどり着いて、ドアノブに手を掛ける。
と、そこで私はとても大切なことを忘れていることに気付く。
いけない、いけない。緊張しているせいと言ってしまうのは簡単だけれども、こんな大切なことを忘れてしまうだなんてお兄ちゃんに怒られちゃう。心のうちで小さく笑って、振り返る。
視線を真っ直ぐ鏡台の傍に置いてある写真立てに向ける。

「いってきます、お兄ちゃん」

小さく、でもはっきりとそう口にして、私はドアノブを捻った。



(いってらっしゃい、こゆみ)

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