恋焦がれてその身を焼いた女の子


ぼんやりとした視界に映り込んだのは真っ白な天井。
なんだっけ、どこだっけ、ここ……。
ゆっくりと体を起こして首を右へ左へやる。
病的なまでに真っ白で必要最低限な家具すらもないような部屋。唯一と言ってもいいベッドの脇にある小さな棚には携帯電話と花瓶。だけどそこに花は活けられてはいない。
この風景、見たことがある。そうだ――あの女がしおらしく横たわって、先輩に媚を売っていた――病室だ。思い出しただけでも吐き気がする。
開けられた窓から入り込む風が冷たく肌を撫でる。誰が開けたのだろう。この季節に窓を開けっ放しで出ていくだなんてどういう神経をしているのか……。
閉めようとベッドから這い出したところで漸く、私の視界が半分遮られていることに気付く。

「痛っ……」

何で、と思う前にやってくる痛み。ズキン、ズキンと波打つそれに眉をしかめた。
痛みと共に徐々に思い返される記憶の断片。
手術室。あちこちに散らばったメス。真っ赤な水たまり。すぐ目の前に横たわる顔の潰れた死体。
そうだ、そうだ思い出した。思い出してきた。
私が、この私があの女を、あの女の顔をぐっちゃぐちゃに潰してやったんだ。体中から血を垂れ流して、これでもかというほど死んでいたあの女を、私が何度も何度も殺してやったんだ。メスで刺しては抜いて、刺しては抜いて、血肉の塊になった後も繰り返し続けて殺しつくしてやったんだ。あはは、本当いい気味。
私がいるべき場所を奪うからよ。私から“徹”を奪うからよ。何もかも奪って、奪うつくしたのだから報いを受けたのよ。ざまあみろ……ざまあみろ!
あの時、あの女に成り代わるために自分の顔を削いでしまったからもう二度と舞台に立つということはできないけれど……それでもいい。

「あはは、あはははははは!」

いつの間にか私の口は三日月を描き、そこからとめどなく笑い声が溢れてくる。
やった、やった! これで私は“徹”と結ばれるのだ。ああ、幸せだ。幸せすぎる。
もうこれで誰にも邪魔されない。邪魔させない。私が“徹”の一番になるのだ。
窓を閉めて、カーテンも閉めて、ベッドに腰かける。
顔面からはいまだ断続的に痛みがやってくるけれど、これも薬を飲めばなんとかなるだろう。最近の医療の進歩は目まぐるしいと聞くし、もしかしたらこの傷だって整形手術でなんとかなってしまうかもしれない。ああ、でも私は今後あの女として生きていかなければならないのだから、当然手術となればあの女の顔に作り変えられてしまうだろう。そうなってしまっては、毎朝起きて洗面台に向かうたびにあの女の顔を見ることになってしまう。
それは……耐えられない。耐えられないからこそ、私はあそこまであの女の顔を壊し尽くしたのだから。それならば、このままでいい。包帯で覆ってしまえば醜い顔を見ずに済むし、逆にこの傷がなければ私――宮野雪葉――が命かながら生き延びたという証にならない。
それにこの姿であれば、周りは不気味がって近寄らないだろうし、“徹”もきっと心配してくれる。考えてみれば一石二鳥ではないか。ものは考えようだし、この状況を、状態を存分に利用してしまおう。
大きく深呼吸をして瞳を閉じる。瞼の裏には勿論“徹”の姿がはっきりと映しだされる。ああ、早く“徹”に会いたい。
急かす気持ちを落ち着かせるために再度深呼吸をする。……焦るな。もうあの女はいない。誰も“徹”と私の邪魔しないし、体力が戻るのと、この傷が落ち着くのを待つ時間はたっぷりとある。そう、時間は十分すぎるほどあるのだ。
これから私は悲劇のヒロインを演じ、“徹”の隣にずっと在り続けることができるのだから。待ちに待った、“徹”がヒーローで私がヒロインの幕が上がるのだ。
待っていてね、“徹”。もう少し時間がかかるけれど、必ずあなたの元に戻るから。だから、その時は温かく抱きしめてね……。



(だけど、私を待っていたのは温かい抱擁ではなく冷たい法要だった)

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