惨劇再び


「お、皇子! 大変です!」

慌てた様子の青舜の声に書物から顔を上げる。
尋常ならざるそれに、嫌な予感が募る。

「ひ……姫様が」
「姉上がどうかしたのか?」
「朝からご機嫌な様子で炊事場に入られました!!」
「何でそれを早く言わないんだお前!! ちょ、おい、やばい! 急いで止めるぞ! またあの惨劇を繰り返してはならない!」
「はい!」

開いていた書物もそのままに勢いよく立ち上がる。
足下に散らばるそれらを気に留める間もなく青舜と共に部屋を出――

「あら白龍、青舜。そんなに急いでどうかしたのですか?」

ようとしたところで運悪く――良く? 姉上がお盆を手に入ってくる。その上にあるものはおそらく姉上自身が作ったものであろう暗黒物質。
俺も青舜もなんとか勢いを殺してその場に踏みとどまる。
咄嗟のこととはいえ、よく止まれたものだと感心しつつも、顔に笑顔を貼り付けるのを忘れない。
それにしてもこの甘い香りはチョコレートか? いやしかし、俺が知っているチョコレートはあんな真っ黒なものではない。あんな消し炭みたいな色をしたチョコレートなんて見たことない。
まさか姉上、板状のチョコレートをそのまま鍋に放り込んで火にかけてしまったのではなかろうか……。在り得そうだ。湯煎という言葉をたぶん知らないだろうし。
そうだとしたら今すぐにでも炊事場に駆け込みたい。
絶対悲惨なことになっているはずだ。また鍋を一つ……二つ? いやそれ以上を新調しなければならないかもしれない。

「白龍、ちょっとこれを食べてみてください」
「え!? 俺ですか」
「他に誰がいるというのですか?」

視線を右にやって、隣の人物を暗に提示する。
それに気付いたのか、青舜が俺の手を掴み姉上から距離を取る。

「皇子! 私を道連れにしないでください!」
「俺だけ犠牲になれと言うのか!? お前姉上の従者だろう! なら潔く主の手料理を食べろ!」
「皇子だって姫様の弟君でしょう!」
「二人で何を話しているのですか」

距離を取ってこそこそと話しているのが気になったのか、姉上が首を傾げて問いかける。

「何も話しておりませんよ、姫様!」
「そうですよ姉上。それと俺、実は今甘いものよりも塩辛いものが食べたくてですね……よければお茶を淹れるついでに作ってきたいのですが」
「皇子! お茶なら私が淹れてきます!」

ここぞとばかりに主張して、二人仲良く部屋を出ていこうとした時だった。
本当に待ってましたと言わんばかりの声が背後からかかる。

「ならちょうどよかった。これは塩辛いものですしお茶なら淹れてきましたよ」

ゆっくりと振り返れば、確かにお盆の上には暗黒物質の傍に茶器が置いてあった。先ほどは暗黒物質の方にばかり目がいってしまっていてよく見ていなかったのだろう。
それにしても姉上はいまなんと言った? 塩辛いものだと……そう口にしたのか?
あんなにチョコレートの甘い香りが漂っているのに、塩辛い? 塩辛いものなのに甘い香りを発している?
謎が謎を呼び、遂には俺の頭はショートしてしまう。
それは青舜も同じだったようで、若干ながら眉間に皺を寄せて信じられないものを見るような目でお盆の上に乗っているものを見つめている。それもそうだろう。
なんだ、この嗅覚と聴覚のミスマッチは。

「さあ、休憩も兼ねて三人でお茶にしましょう」

地獄への誘い。
実の姉に対して使う言葉ではないのだろうけれど、今の俺とそして青舜からしたらそれが一番正しい表現の仕方だと思う。
理由は簡単。二人して顔を真っ青にしていたからだ。

「……いくぞ、青舜」
「はい。どこまでもお供いたします」

さながら戦場に向かうかのようなセリフ回しに内心笑ってしまう。
――さあ、往こう。俺たちの闘いがいま始まる。



(今回は煎餅にチョコをかけてみたのですよ)
(それは…………斬新ですね)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -