笑顔の日


「白龍さん。笑ってください」
「え……? あ、いや。何故でしょうか」

突然の問いかけに目を丸くしながらも、隣に佇むモルジアナ殿は至極真面目な顔で尚も問いかけてくる。

「アラジンが今日は笑顔の日だからと言っていました。だから笑ってください」
「いまいち理由になっていない気もしますが……。笑えばいいのですか?」

はい、と短く返事をしてモルジアナ殿はじっと俺の顔を覗き込んでくる。
そんなに近づかれると困りますし第一そんなまじまじと見られていると笑えるものも笑えないのですが……。
口には出せぬあれこれを思いながら、それでも笑みを作る。
きっと鏡で見たら引き攣った笑いになっているに違いない。
ああ、目の前に想い人がいるというのになんという無様な笑みを見せてしまっているのだろう。
それでも満足したのだろうか。
モルジアナ殿は薄く笑って「ありがとうございます」と頭を下げる。
一体何がありがとうなのかさっぱりわからないけれど。

「白龍さんって笑うと、とてもきれいなお顔なのですね」
「え!? あの、それは……」
「女の人みたいです」
「じょ、女性……ですか」

俺はどんな答えを期待していたのだろうか。
確かにどちらかと言えば女性っぽいような顔つきだけれども。
姉上や……あの女に似た顔つきだけれども。
よりにもよって想いを寄せている本人からそんなことを言われようとは思いも寄らなかったし、若干ながらもショックを受けている自分がいることに驚きを禁じ得ない。
ふと、何がショックなのだろうと考える。女性みたいと言われたこと? それともあの女に似ていると心のどこかで思ってしまっていること? 何にしても引っかかるものがあったということだ。

「優しくて、きれいで、なんだか安心します」
「そう、ですか? そんなこと言われたのは初めてです」
「そうなのですか?」

そう言って、モルジアナ殿は首を傾げる。

「白龍さん、こんなに素敵な顔をしているのに」
「ありがとうございます」
「羨ましいです」
「羨ましい……ですか?」
「はい。私は、白龍さんみたいなきれいな顔に生まれたかったです」

いま、なんと?
モルジアナ殿が俺の顔を羨ましいと、そう言ったのか?
何故、どうして? 俺よりもこんなに――

「お美しいのに、ですか?」
「え……?」

目の前で大きく目を見開く彼女を見て、自分が無意識に言葉を口にしていたと自覚する。
むこうもどうしたらいいかわからないし、俺自身もどうしたらいいかわからない。
無意識とはいえ、思っていることをそのまま口に出してしまうだなんて。
無言で時は過ぎていく。何か言わなければ……。このままこの空気が続くのは正直気まずすぎる。

「あ、あのですね……先ほど言ったことは、その……」

しどろもどろに言葉を紡ぐ。
どう言えばわかってもらえるだろうか。否、わかってもらえるのだろうか?
思っていたことがつい口をついて出てしまいましたと、それこそ素直に言ってしまおうというのか?
例えそう言ったとして、彼女がどんな反応をするのか正直見てみたいという気持ちもあるが、目の前の彼女はいまだに俺の言葉を呑みこめず目を見開いたまま硬直してしまっている。
これ以上困らせたままでいるのは気が引ける。小さく息を吸い込んで自らの心臓をまず落ち着ける。

「……すみません、驚かせてしまいましたか?」

極めて優しく声をかければ、ようやく我に返ったのか頬を少しだけ染めた彼女と目がかち合う。
俺の方が頭一つ分背が高いせいか、自然と見上げられる形になってしまって、せっかく落ち着けた心臓がまたけたたましく騒ぎ立てる。

「はい……。あんなことあまり言われたことがなかったもので、その、凄く驚きました」
「驚かせるつもりはなかったのです。申し訳ありません」

頭を下げれば、彼女の方から慌てた声が返ってくる。
それでも頭を下げたままにすれば、今度は俺の視界にモルジアナ殿の後頭部が映りこむ。
瞬時に土下座をしたのだと理解する。

「ちょっと、も、モルジアナ殿! やめてください!」
「ですが……煌帝国の皇子さまに頭を下げさせるなど……」
「俺の方に非があったのです。あなたが頭を下げる理由などないのです。それに……」

簡単に土下座などするものではありませんよ、と言葉が音となって現れる前に彼女の今までの境遇を思い返す。
奴隷としてこれまでの人生を歩んできたのだ。何かをするたびに領主から殴られ、蹴られ、謝り続けてきたのだから。
だから、すぐにこうして土下座をしてしまうのも致し方のないことなのかもしれない。一種の処世術……いや、処世術なんて生易しいものではないのだろう。生きるための術と言ったほうが正しいのかもしれない。
ずっと。ずっと、ずっと苦しい思いをしてきたのだろう。辛い経験だったのだろう。たった一人で泣き続けてきたのだろう。
それを思うと、胸が苦しくなる。ああ、モルジアナ殿。モルジアナ殿。
俺はあなたのことを大切に想っているのですよ。今すぐにでもあなたを抱きしめたいと、できもしないことを願っているのですよ。
あなたの苦しみを、悲しみを、涙を受け止めたいのです。

「白龍さん……私、何か失礼なことを言ってしまいましたか?」

どうにも俺が考え込んでいる様子を怒っているのかと勘違いしたらしく、モルジアナ殿は申し訳なさそうな顔をして俺の顔を覗き込んでくる。
大丈夫ですよ、と言葉を紡ぐ。

「あなたに非はありません。先ほども言いましたよ。ほら、今日は笑顔の日……なのでしょう? でしたらモルジアナ殿も笑わねばなりませんよ」

そう言って笑みを作れば、彼女もぎこちないながらも笑みを作って応えてくれる。

「ほら、あなただってとてもすてきなお顔じゃないですか」
「……ありがとうございます」
「さあ、アラジン殿とアリババ殿のところに戻りましょう」
「はい」

彼女の手を取れば、止まっていた時間が再び動き出す。
笑顔の日、か。良い日があったものだと一人心の中で笑った。



(あなたの笑顔が見れて、幸せです)

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