「全力の1回」


ある日の昼下がり。
遅めの昼食を終えて、ソファに深く腰掛けていると、背中から「そういえば」と小さく声をかけられる。

「この間産婦人科に行ってきました」
「おお……はあ!?」

一瞬聞き流してしまいそうになったけれど、産婦人科という聞きなれない単語に思わず目をひん剥いて慌てて振り返る。
え……? 産婦人科ってあれだよな? 子どもとかできたときに行く病院だよな?
驚きのあまり頭の中が真っ白になりフリーズしてしまう。
言葉に詰まる俺を、彼女は不思議なものを見るような目で見つめてくる。そんな目で見られても困ってしまうのだけど。
確かにそういう行為をしてこなかったわけじゃあないし、むしろ頻繁にしていたと言っても過言ではないのかもしれない。ーー男女の平均的な性行為回数なんて知らないけれど。
だけど、彼女はまだ華の女子高生であることから、必ず避妊具を用いていたし、危険日(というのだったか?)には決して行為はしなかった。それどころか指一本ですら触れなかったというのに。
それがどうしたことか。確か高校の保健の授業で、中に出したとしても妊娠する確率はあまり高くない。故に命は尊いみたいなことを教わったと思ったのに、あの教科書間違ってんじゃねえか。

「あの、静雄さん?」

いつの間にかしかめっ面で俯いていたところを覗き込まれて、思わず仰け反る。
俺に向けられる真っ直ぐ純粋な眼差し。顔を背ければ関節視野で杏里がほんの少し悲しそうな顔をしているのがわかった。

「あ、いや……その。責任は、取る」
「責任……?」

言葉の意味がわからず、復唱している感じだ。
その反応が引っかかる。
ゆっくりと顔を戻せば、ぽかんとした彼女の顔。

「私、何か静雄さんに責任を取ってもらうようなことをしてしまったんですか?」
「え? いや、だって産婦人科に行ってきたって……」
「はい。産婦人科に相談に行ったんです。最近生理痛が酷いのでどうにかならないかと思って」
「そ……っちか。そっか、そう、だよな! いや、悪い俺が勘違いしてた!」

一気に体の力が抜ける。そうだよな、デキてるはずなんだ。厚さ0.03ミリという壁がそれを阻んでいるのだから。いるはずなのだから。
大げさに笑うと、またも彼女は不思議そうな顔をして俺を見つめてくる。

「もしかして、子どもができたかと思ったんですか?」
「……おう」
「大丈夫ですよ。静雄さん、いつも気を遣ってくれていますしちゃんと毎月のものも来ます。心配しなくても子どもはできてませんよ」

優しく微笑まれる。
その表情がぎゅっと胸を締め付ける。
たぶん彼女は知らないだろう。優しく包み込んでくれるその笑みがどれだけ俺の心を癒すのか。俺が彼女の隣にいていいと言われているかのような――それが救いにも似た行為だということを、たぶん知らない。
細い腰を引き寄せて顔を埋める。
ああ、優しい匂いがする。
大きく深呼吸すれば上からは「くすぐったいですよ」と小さく非難にもならないような言葉が降ってくる。

「なあ、杏里」
「はい」
「5回」
「多すぎです。1回にしてください」
「全力の1回」
「それも後々困りそうなのでほどほどの1回でお願いします」
「ほどほどって……そんな加減ができるわけねえだろ」

顔を上げれば、これからすることを想像してしまっているのだろうか、顔を真っ赤にした彼女と視線がかち合う。
ああ――本当にかわいい。
手を引いてその小さな体を自分の腕の中に閉じ込める。
悲鳴が聞こえたけれど、そこは聞こえない振りを押し通す。

「それに――」

とどめの言葉を口にすれば、彼女の頬はなお赤く染まった。



(それに杏里だって1回じゃ物足りないだろって顔してるけど?)


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とある方の静杏を読んで熱く滾ったので。


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