この手を離したら


「白龍さん!」

凛とした声に振り返れば、モルジアナ殿が普段からは考えられないほどテンションを高くしこちらに駆けてくる。
何事かと身構えれば、とても嬉しそうに言葉を紡ぐ。

「やっと見つけました! さあ、行きましょう」
「え? いや、何ですかモルジアナ殿。どこへ行くと言うのですか?」
「秘密です!」
「秘密なのですか!?」

手を引かれ走り出す。
されるがままモルジアナ殿の後ろを走るけれど、周りを見れば白い靄が立ち込めている。いくら走ってもその靄は消えることはないし、景色が変わることがない。
それに走っている感覚というものがない。確かに足は動かして進んでいるような感じはあるけれど、疲労感がないし風をきっている感じもない。
ここで漸くこれが夢なのだと気付く。
なんて幸福な夢なのだろう――と思う前に、自分の未練深さを思い知る。
自分の意思であの三人と……モルジアナ殿と別れたはずなのに。
迎えに行くと一方的な約束をしてきて、使命を全うするまでは思い出さないと鍵をかけて心の奥底にしまったはずなのに。厳重に鍵をかけたはず――だった。
それなのにこんなにも簡単に、俺はモルジアナ殿を引っ張り上げてしまった。
手を引かれているはずなのに触れている感覚はなく、だけど彼女と接している手がやけに熱く感じる。気のせいなのだろうけれど、それがひどく俺の心をざわつかせる。
そういえば、一緒に過ごした数か月間の間にこんな触れ合い――というと語弊がありそうだけれど――あっただろうか?
記憶を遡ってみるけれど、あまり印象がない。
ザガンを攻略するまではろくに話をしなかったし、攻略してからもあの葬儀の日を境に違う意味で話をできなくなった。
それがどうした。夢の中とはいえ、別れた後の方がこうも距離が近いではないか。何故、共に過ごしたあの時間の中でこれができなかったのか。
……自分の初心さを心底恨めしく思う。

「モルジアナ殿、止まってください」

俺の言葉に、前を走るモルジアナ殿は急停止し、当然後ろを走っていた俺は彼女の小さな背に激突する。
感覚がないから痛いわけではないけれど、どうにも反射的にぶつかった箇所を押さえてしまう。
くるりと振り返る彼女の顔には、どうかしたのか? と言いたげな表情が貼りついている。
それを見るだけで俺の胸は強く締め付けられる。
だけど言わねばならない。これは夢なのだから。
夢の中であなたに会えたことはとても嬉しい。嬉しいけれど、いまの俺にはあなたに手を取ってもらい、共に走ることはできない。
使命を果たすまでは、あなたと共にいることを望めない。

「夢の中でとはいえ、あなたと再びお会いできたこと、とても嬉しく思います。ですが、俺にはまだやるべきこと、なすべきことがあるのです。なので、それまではさようなら。お元気で。大好きです、モルジアナ殿」

そう言って、俺は引かれていた手を自ら振りほどいて踵を返した。



(今度は夢ではなく現実の世界でお会いしましょう)

――この手を離したら、俺はあなたのことを再び心の奥底にしまいこむのでしょう。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -