そうしたら、俺はあなたを


ザガン攻略の際に負った傷と黒い金属器使いの急襲とで受けた傷が、漸く歩けるくらいにまで回復したので気分転換も含めて宮中を散歩することにした。
コツコツ、と気味のいい音を鳴らして廊下を歩んでいくと、視線の先にふらふらと体を揺らしながら歩みを進める姿を見とめて、どうしようか悩んだ挙句、声をかける。

「モルジアナ殿」

名を呼ばれたモルジアナ殿はゆっくりとした動作で振り返る。
俺もそうだけれど、彼女もまた傷を負った。
否、俺と比べてしまってはいけない。彼女の方がよっぽどひどい傷を負ったのだから。

「白龍さん。こんにちは」
「こんにちは。お加減は如何ですか?」
「まだ完治はしていないです。ですが歩けるようにはなりましたので少し森まで行ってこようかと思います」

アリババさんとアラジンに精のつくものを食べさせてあげたいので、と笑うモルジアナ殿だけれど、その笑みはほんの少し引き攣っていた。
それはそうだろう。聞いた話によれば、彼女は黒い金属器使いに執拗に腹部を攻撃されていたらしいし、先ほども見てわかる程に体の軸がぶれていた。

「あまり無理をされてはいけませんよ。特にモルジアナ殿は腹部を執拗に殴られたそうではないですか。相手にどのような意図があったかはわかりかねますが、女性の腹部を殴るなど許されざることです」
「…………」

沈黙で返されてしまうとどうしていいのか分からない。
俺はいま、失礼なことを言ってしまったのだろうか。不安が募る。
暫しの沈黙の後、モルジアナ殿は薄い笑みを浮かべる。

「私のことを“女性”扱いしていただきありがとうございます。あまりそういう扱いをされてきたことがなかったので正直どんな反応をすればいいのかわからなくて戸惑ってしまいました」
「女性扱いをされたことがなかった……? あなたはれっきとした女性ではないですか」
「ありがとうございます」

再び礼の言葉を述べたモルジアナ殿だったが、腹部の調子がよくないのか一瞬苦い顔をして手で患部を押さえる。
歩けるようになったとはいえ、無理をしてはまた傷口が開いてしまうのではないのだろうか。
余計な世話であるのは重々承知で、でもこのまま放っておくわけにはいかなくて無駄だとわかっていても言わないわけにはいかなかった。

「モルジアナ殿。無理をして傷口が開いてしまっては大事です。森に行くのはよした方がよいのではありませんか?」
「でもアリババさんとアラジンに、」
「お二人もモルジアナ殿が無理をされることを望まれてはいないと思いますよ」

珍しく相手の言葉を遮ってまで言葉を発したことに驚く。
俺は……何を必死になっているんだ?
目の前のモルジアナ殿の痛ましい姿に同情したのか? 確かに彼女の今の姿はとてもじゃないが見ていられるものではない。同情心が芽生えるのもわかる。
だけど、傷ついた他人の姿をたくさんと見てきて俺が、たった一人の少女の痛ましい姿に同情を覚えるものだろうか。
痛ましいと思う。できることなら安静にしていてほしいと思う。とても心配に思う。
これらはすべて同情心からきているものなのだろうか?

「あの、白龍さん?」

顔を覗き込まれて思わずのけぞる。
目の前に話している相手がいるというのに、思考を飛ばすなど失礼極まりない。
非礼を詫びると、逆に頭を下げられてしまった。
モルジアナ殿が悪いわけではないのに……。

「それにしても女性の腹部を殴るだなんて……本当に許せませんね」
「確かにすごく痛かったです」
「痛いのもそうですが、女性は特に腹部は大切にしなければなりませんよ。その――男にはない大切な器官がありますので」
「大切な器官、ですか?」
「モルジアナ殿もどなたか想い人を見つけられて、その方と家族になったときにわかりますよ」
「はあ……そうなのですか」

それ以上追及されてしまうと恥ずかしさのあまり顔から湯気が出てきそうだったので、適当に誤魔化す。
首を傾げ、あまり納得していないような顔をされたけれど、こればかりは口が重い。
モルジアナ殿の出自を聞いたことはないけれど、これくらいの知識なら親から教えてもらわないにしても自分で調べるなり友人に聞くなりしていそうなものだけれど……。それともモルジアナ殿はそういった性に関する――もとい人体の構造に関する知識を積極的に求めようとはしなかったのだろうか。
何にしてもこれ以上は俺の口からはとてもじゃないけれど言えない。

「さあ、モルジアナ殿。お二人のところへ戻りましょう」

右手を差し出せば、モルジアナ殿はおずおずとその上に自らの手を乗せる。
優しく握って先導するように歩けば、拒むことなくついてきてくれた。



(“女性”だなんて、初めて言われたわ)

――俺はあなたを心配に思うのです。何故でしょうね?

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