背中から伝わるぬくもりに


水平線に朝日が漸く顔を出し始める。
つい15分前くらいにアリババ殿の豪快な寝言によって予期せぬ早起きをさせられた俺は、二度寝をするにはすっかり覚めてしまった頭を振って甲板へと出ていた。
外に出てみると船室と外との気温差に身震いする。
シンドリアにいる間は朝が寒いなどと思いもしなかったけれど、あそこは特別温暖な地域だったのだと再確認する。そういえば煌帝国も朝晩は冷え込んでいたことを思い出す。
念のために、と掛けていた毛布を持ってきて正解だった。

「おはようございます。白龍さんは早起きなのですね」

背後からの声に振り返れば、いつもの質素なワンピースを風に靡かせたモルジアナ殿が薄い笑みを作って立っていた。
朝靄でもわかる紅い髪はぼやけた視界によく映える。

「おはようございます。モルジアナ殿も早起きですね」
「アリババさんの寝言がひどくて起きてしまっただけです」
「俺もです」

苦笑すればあちらからも似たような表情が返ってくる。
寝相が悪いとは聞いていたけれどまさか寝言までうるさいとは聞いていない。
あまりの大音量にてっきり起きているのかと勘違いしてしまったほどだ。
内容が頓珍漢だったために寝言だったと判断したけれど、あれをシンドリアにいる間ずっと聞いていたアラジン殿とモルジアナ殿には感服せざるを得ない。

「やっぱり朝は冷えますね。シンドリアにいたころと比べると少し肌寒いです」

モルジアナ殿は手を擦り息を吐き出す。白く流れたそれは靄へと消えていった。
慌てて羽織っていた毛布を彼女の肩にかければ、やんわりと断られる。

「私は大丈夫です。白龍さんが使ってください」
「俺も大丈夫ですので、モルジアナ殿が使ってください。女性が体を冷やしてはいけませんよ」
「ではこうしましょう」

そう言って、一歩間合いを詰められたかと思ったらふわりと温かいものに包み込まれる。
抱きしめられた、と知覚するころには俺の顔は真っ赤に染まっていた。
正確には抱きしめられたわけではなく、モルジアナ殿が毛布の両端を持ってそれを俺の背中に回しただけだけれど、感覚的には抱きしめられたと言っても間違いではない。


「モ、モルジアナ殿!?」
「なんでしょうか」
「け、結婚前の男女がこのようなことをしては……」
「ではどうならいいのですか?」

そう言われると困る。
ここで俺がこの毛布から抜け出すというのがたぶん最善策であることは間違いないのだが、どうしてもその決断ができない。
考えてみればこんなにも至近距離でモルジアナ殿と共に在ることなどそうそうないことではないか。それならばこの状況を目一杯楽しむというのも吝かではない。……だけれども元来の性格の堅さがそれをよしと言いきれない。
結局妥協案として俺が提示したのは甲板に座り背中合わせで毛布にくるまるというものだった。これはモルジアナ殿が素足であることを考慮した上での判断だったけれど、正直ずっと立ったまま毛布にくるまっていると眠気が襲ってきたときに倒れてしまいかねない。俺一人ならただの阿呆で済むけれど、モルジアナ殿が一緒ではそれこそ共倒れになりかねない。
――というのは建て前で、本当はモルジアナ殿の顔をずっと見ることに俺が耐えられそうになかったから。こんな至近距離で、少し手を伸ばせばこの腕の中に彼女を閉じ込めてしまえそうなこの状況に自分の理性が保つとは思えなかったから。
一度理性の箍が緩んでしまえばそれを元に戻せる自信がない。
自分のヘタレ具合に落ち込みそうになる。

「あの、モルジアナ殿」
「…………」

急に静かになってしまった事に不安を覚えて声をかければ、返答の代わりに聞こえてきたのは小さな寝息。
きっとまだ眠かったのであろう。アリババ殿に起こされたと言っていたし、この毛布の温かさだ。眠ってしまうのも分かろうというものだ。
現に俺も若干ながらも瞼が重い。
しかしこのまま眠ってしまっては誰かが起きてきたときにこの恥ずかしい姿を見られてしまう。
一度頬を両手で叩き、大きく息を吸い込んで冷たい空気を肺に入れる。
鼻がツンとして、そのおかげで脳内がクリアになっていく。
この時間が永遠と続けばいいと願いながら、俺は朝日が昇りきるのをじっと見つめていた。


(どうかこの心臓の高鳴りがあなたに聞こえていませんように)

――優しくて暖かくて愛おしいぬくもりをありがとうございます

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -