誰かではなくあなたを


足が鉛のように重い。
一歩を踏み出すことがこんなにも怠く辛いものだっただろうか。
昨日までの俺は、どうやってこの重さを意識せずに歩いていたのだろう?
踏みしめる大地はどこまでも続いていて、遠く果てしないように思えた。

「……モルジアナ殿」

小さく想い人の名を呟く。
いつか迎えに行くと、一方的な約束をしてきたけれど――いや、あれは約束だなんてきれいなものではない。一種の呪いなのかもしれない。彼女の心の片隅に自分の存在を強制的に残すという呪い。
少なからず好意的に見てくれていたであろう彼女のうちにある俺自身を壊してまで残した傷跡。
今までモルジアナ殿に仲間としてしか見てもらえていなかった自分を、男として見向きもされなかった自分をどうしても変えたかった。一人の男として彼女の前に立ちたかった。“仲間の白龍”ではなく“モルジアナ殿のことを好きな白龍”で在りたかった。
俺は彼女のことを好きで、大好きで――どうしようもできないくらい大切で、あの日、家族のことを語ってくれた時からずっと想いを募らせてきたのだ。
今思い返してみれば初恋――だったのだろう。
煌帝国ではずっと宮中で鍛錬をしていたから外に出たことなど数える限りであったし、周りの女性といったら姉上か、その世話係か、もしくは義兄たちの夜伽を命じられた者たちか……。
同年代の異性というのは義姉上が一番近かったのだろうけれど、従姉である以上に今となっては義理の姉になってしまったので恋愛の対象にするわけにもいかない。
そもそも俺は親族というものを信用していないのだから。

「モルジアナ殿……」

再び名前を口にする。
口にしたところでモルジアナ殿が追いかけてきてくれるはずがないし、そもそもあんな別れ方をしてしまったのだ。
彼女と俺との間には大きく深い溝ができただろう。
本当はこんな別れ方するつもりなんてなかったのに。
笑顔で、またどこかでお会いしましょうねと――そう言って別れたかったはずなのに。
あんな勢いとその場の雰囲気に任せて想いを告げるつもりではなかったのに。
後悔と懺悔。
もう振り返らないと決めていたけれど、最後にもう一度だけ彼女の姿を目に焼き付けておきたくて首だけ背後にやるけれど、そこにはもう愛しの彼女の姿はなく。
ああ、これが俺が自分で選んだ道なのだと自嘲した。



(最後の一目すらも叶わない)

――あなたへの想いを胸に抱いて。

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