お星さまに願っても


「あら、白龍。何をしているのですか?」

凛とした声に上げていた視線を背後に向ける。
そこには優しい笑みを浮かべた姉上が腕組みをして佇んでいた。

「姉上。……星を眺めていたのです」
「星ですか?」
「はい。今夜は雲一つないのでとてもよく見えますよ」
「あら、本当ですね」

姉上が俺と代わって空へと目を向ける。
綺麗ですね、と聞こえるか聞こえないかくらいの声にどう反応したらいいかわからず、結局何も言えず聞き流すことを選択した。
それにしてもいくら自陣営の中だからと言っても姉上のその無防備に近い服装は如何なものかと思う。以前、部下であった人間に反逆を起こされたことを忘れたわけではないだろうけれど、もう少し気を張っていただきたいものだ。せめて鉄扇だけでも身につけておいてくれればこちらとしても安心なのだが。
今の時世、家族ですら怨敵になりかねないというのに。
喉元まで出かかった言葉を無理矢理呑みこんで別の話題を振る。

「姉上はまだお休みになられないのですか?」
「それはこちらのセリフですよ。長旅で疲れているのですから早めに休みなさい」
「……はい。もう少しだけ星を見たら休みます」

そう言って再び視線を上げる。
こちらから見る分にはただ黒い絨毯に散らばる宝石のようだけれど、あれらもれっきとした天体で、命のある星々。
あんなにも小さいそれらも、近づけば相当な大きさなのだろう。
それに、いま見ているこの光も何年も何十年も、何百年も、ずっと昔の光だと言うではないか。
まったくもって宇宙というものは計り知れない。
文字の上での情報でしか知らないことだから実感が湧かないのは致し方のないことだろう。

「それにしても白龍が星を眺めるだなんて珍しいですね」

ふふ、と小さな笑い声と共にかけられた言葉に、今まで自分がいかに星を見るような人間でなかったのかを思い知らされる。
そういえば、そうだ。
煌帝国にいたときは一度でも星空を眺めたことがあっただろうか?
記憶の中ではほとんどないと言っても過言ではない。
あの頃は鍛錬に勤しんでいたし、夜には自室に戻り勉学に精を出していたため、夜、外に出てこうして物思いにふけることも散りばめられた星々を気にすることもなかった。
気持ちに余裕ができたということなのだろうか。

「よい変化だと、私は思いますよ。星というのは我々の道しるべにもなりますしね」
「道しるべ……」

姉上の言葉を反芻する。
たぶん、こうして夜空を眺めることができるようになったのは、そういう風に変わったのは彼ら――アリババ殿、アラジン殿、そしてモルジアナ殿のおかげだろう。今まで宮中でも遠巻きにされていた俺にできた初めての友達。
アクティアまでの船中で彼らと共に視界いっぱいに広がる星空を眺めて、なんて素晴らしい景色なのだろうと、今までこれを知らなかった自分を恥じたくなるくらいの感動に包まれた。
彼らと出会うことで随分と変わった。
よく笑うようになったし、怒ったり、泣いたりするようになった。
そしてモルジアナ殿に淡い恋心まで抱くようになった。

ずっと一人で生きていこうとしていたはずだった。一人で使命を果たし、姉上を守りきる――と。
そんな俺が、生まれて初めてこの人と共に生きていきたいと願った少女。
自分は奴隷であった、家族は生きているのかどうかすらわからないと心の内を伝えてくれた。俺の些細な言葉に勇気づけられたと言ってくれた。あの海岸で見た一筋の涙が今も深く心に刻まれている。
アクティアであんな別れ方をしてしまったけれど、本当は一緒に来てほしかった。
モルジアナ殿、あなたさえいてくれれば俺はどんなことでも……。

「白龍。そろそろ休みましょう」

姉上の言葉に飛ばしていた意識を手繰り寄せる。
はい、と小さく返答して最後にもう一度だけ星空を見る。
あなたも、今もどこかでこの空を見ているのでしょうか。
なんてセンチメンタルなことを考えているのだろう。
頭を振って就寝するためのテントへ向かう。
――おやすみなさい、モルジアナ殿。
心の中でそう呟いて、瞼を下ろした。



(明日もあなたにとって、良き日であることを願っています。モルジアナ殿)

――いくら星に願ったところで、あなたは俺の隣にはいない。

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