「頑張りましょう白龍さん」


姉上の元から戻り、午後の作業と夕飯を終えた俺とモルジアナ殿は共に寝台に腰を下ろしていた。
昼間はなんやかんやで大騒ぎをしてしまったせいか、今頃になって少々の疲労が体をゆっくりと支配していく。このまま眠ってしまいたい欲もあったけれど、国土再生のための勉学は夜のこの時間にしかできないため重い瞼を必死に開けながら書物に目を通す。
そんな俺をモルジアナ殿は正座し、じっと見つめている。その視線は強く、元来の目力の強さも相まって威圧感に満ちている。
何故こんな見つめられているのだろうか。昼間、何か気分を害するようなことを言ってしまったのだろうか。
先ほどから気になって書物の内容が全然頭に入ってこない。
とりあえず気付かない振りをして書物に没頭しているように見せかけているけれど、きっとモルジアナ殿にこんな小細工なんて通用しないのだろう。
現に彼女は俺から視線を外そうともしない。
普段ならこちらが何かをしていれば深入りせずにすぐさま視線を外してくれるのに。
ずっと見つめられ続けるというのも、あまり居心地の良いものではないし、そろそろ誤魔化しも効かなくなってきている頃だろう。
意を決して視線を書物から外す。

「モルジアナ殿、どうかしたのですか?」
「白龍さん。お訊きしたいことがあります」
「なんでしょう」

声色から真剣な話題であることを悟り、俺も居住まいを正す。
一瞬の躊躇いの後、覚悟を決めたかのように姿勢と表情を正して、モルジアナ殿は言葉を紡ぐ。

「白龍さんにとって家族とはなんですか?」
「……姉上に何か言われましたか?」
「いいえ。白瑛さんは関係ありません」

言い切られてしまったけれど、モルジアナ殿がなんのきっかけもなしにこんな話題を振ってくるはずもない。
昼間の件で何か思うところでもあったのだろうか。

「家族、ですか。そうですね……。俺にとって家族は思い出ですね」
「思い出……」

俺の言葉を復唱して、少し寂しそうな顔をする彼女。
失念しかけていた。彼女は未だ自分の家族のことを見つけ出してはいなかったのだった。
優しい気持ちも辛い出来事も体験せずに親元から離され、以来アリババ殿とアラジン殿、そしてかつての奴隷仲間であった人物に助け出されるまでを主人に奉公して過ごしてきたと語っていたではないか。
その彼女を前にして、家族に対する俺の印象を述べてしまってもよいのだろうか。
そう思うと言葉に詰まる。

「私の家族はまだ見つかっていません。生きているのか死んでしまったのか、それすらもわかっていません。だから、家族がどのようなものなのか未だにわかりません。白龍さんのご家族のお話は私にとって、とても興味深いのです」
「興味深い、ですか。ですが俺の家族はもう姉上一人しか……」
「……ご家族は白瑛さんたった一人、なのですか?」
「……え?」

疑問を呈されて眉をしかめる。
当の彼女はごく自然な、まるで当たり前のようなことを言うような口ぶりで言う。

「私は、白龍さんのご家族には入れてもらえないのですか?」

妻なのですよ? とモルジアナ殿は首を傾げる。
ああ、今度こそ失念していた。
そうだ、そうだった。
彼女は俺の妻で――家族だったのだ。

「白瑛さんと、私、それに青舜さんも白龍さんのご家族です。……それに」

一度言葉を切って、モルジアナ殿は視線を右往左往させる。
余程言いにくいことなのか、こんなにも彼女が狼狽するのも珍しい。

「白龍さんは新しい家族は欲しくはないのですか?」

上目遣いで頬を真っ赤に染めるモルジアナ殿。
こんな表情をできる方だったのですね……。
ゆっくりと手を伸ばして、彼女を腕の中に閉じ込める。
抗うことなくすっぽりと収まると、むこうが俺の胸に体を預けてくれる。
それだけでも嬉しくて泣きそうになるのを必死に堪える。

「私、自分の家族を見つけたいです。でも、それと同じくらい白龍さんの家族になりたいと思います。私はあなたの妻でありたいですし、これから迎える新しい命のお母さんでもありたいです。白龍さんは、」

白龍さんはもう――家族はこりごりですか?
聞き逃してしまいそうになるくらい小さな声で呟かれた言葉。
俺のこれまでの人生は悲惨という二文字で語るには物足りない。それは特に家族に絡むことが多かった。
父と兄二人を殺し、姉上の命まで脅かそうとした実の母親。
あの女への復讐と姉上を守ると一人闘った人生。
本当ならこりごりだ、と言うのが人の心というものなのかもしれない。
俺の人生は家族に狂わされたと言っても過言ではないのだから。
だけど、悲惨な運命だったのかもしれない。狂った家族だったのかもしれない。
自分の目的のためならば平気で夫と息子を殺すような女だったけれど、あんな救いようもない女だったけれど、腹を痛めて俺を産んだ“母上”には違いないのだから。
俺は家族で過ごした時間を愛おしいと思う。――思いたい。

「歪な家族だったけれど、俺はあの人たちが大好きでした。だから、家族がこりごりだなんて思いませんよ。そう思っていたなら、俺はあなたを妻に迎えていません。モルジアナ殿」
「それを聞いて安心しました」

ゆるりと背に回された腕に心臓が高鳴る。
そういえばこの前の営みの時もこうやってゆっくりと俺の背に腕を回してくれたのだったか。
先日の行為を思い返してしまって一気に頬が染まる。
悟られないように強く抱きしめれば、モルジアナ殿から小さな悲鳴が聞こえる。

「白龍さん」
「な、なんでしょう」
「私、男の子と女の子両方欲しいです」
「――っ!」
「白龍さんはいかがですか?」

いかがも何も、そんなの決まっている。
モルジアナ殿が望むのであれば俺はそれに従うまでだ。
でも、俺も男女どちらとも望みたい。
理想を言うならば、凛々しい目つきの妹想いの兄と泣き虫だけど兄想いの妹。

「俺も――俺も両方、欲しいです」
「ならば、頑張りましょう白龍さん」

はい、という返事の代わりに唇を塞ぐ。
戸惑いながらも、モルジアナ殿は応えてくれる。
それが嬉しくて、愛おしくて、抱く力を強めて彼女の体をゆっくりと寝台に押し倒した。



(モルジアナ殿。俺は、あなたとあなたとの間に生まれくる我が子の傍に在りたいのです)

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