「男の子と女の子、どちらが欲しいのですか?」


「おはようございます」

未だ寝台で眠そうに目を擦るモルジアナ殿に声をかけてから炊事場へ向かう。
炊事場、とは言葉だけで、そこには簡易水道と必要最低限の調理器具しかないため簡単な料理しか作ることができない。それに加え、配給される食材も人一人がその日一日をしのげるだけの物しかないため、自然と食卓に上がる物は質素なものになってしまう。
俺はいい。別に一日くらい食べなくても支障を来すような体ではないし魔力操作を控え、休憩を多めにとれば一日を過ごすことは容易だ。
だが、モルジアナ殿は未だ成長期と言っても過言ではない。せめて彼女だけでも、もっと栄養のある物を口にしてほしい。

「白龍さん、どうかしたのですか?」
「え? あ、いえ。ぼうっとしてしまいました。朝食にしましょう」

考え事をしていたため、いつの間にか隣にモルジアナ殿が来ていることに気付けなかった。
顔を洗うように促して、手早く作った朝食を皿に盛り、簡易食卓にそれらを並べていく。
この時、気付かれないようにモルジアナ殿の皿に多く料理を盛ることを忘れない。
向かい合わせに腰かけて両手を顔の前で合わせる。

「いただきます」
「いただきます」

二人声を揃えて言えば、自然と笑みが漏れる。
左手で椀を持ち箸で次々と口に運んでいく。
最初は不慣れだった箸使いも今では慣れたもので、モルジアナ殿は目の前に並べられている皿をどんどん空にしていく。
毎度のことながら彼女の食べっぷりを見るのはとても楽しい。
質素極まる食事だけれども、こうして美味しそうに食べてくれているのならば作り甲斐もあるというものだ。

「お口に合いますか?」
「はい。白龍さんが作るお料理はどれもおいしいです。私もこんなふうにできたらいいのですが……その、不器用で……」
「料理は俺が好きでやっていることですのでお気になさらないでください」

小さく笑えば、モルジアナ殿からは申し訳なさそうな顔が返ってくる。
そんなに気にしなくてもいいことだろうに。
苦手なことに挑戦しようとすることは大変いいことだとは思うけれど、俺はあなたがただ傍にいてくれるだけでいいのですよ。
口に出せない言葉を呑みこんで、平らげた食器を片づける。

「今日も美味しい食事をありがとうございました。ごちそうさまでした」

背中に届くモルジアナ殿の言葉に頬が緩む。
どういたしまして、と返して手早く洗い物を済ませて扉のすぐ隣に立てかけてある青龍偃月刀を手に取る。

「では、いってきます」
「あ、待ってください! 今日こそ私も」
「モルジアナ殿は今日は姉上のところに顔見せに行くのではなかったのですか?」

あ、という顔。
忘れていたわけではないのだろうけれど、つい頭から抜け落ちてしまっていたのだろう。

「そうでした」
「姉上に伝えてください。俺はなんとか生きています、と」
「なら、白龍さんも一緒に行きませんか? あれ以来お義姉さんとは会われていないですし」
「今更どの面を下げて行けると言うのですか。俺は姉上にたくさん迷惑をかけました。紅炎が取り計らわなければ姉上諸共処刑されていたかもしれない。俺のせいです」

自嘲気味に笑う。
俺の起こした戦争のせいで姉上の立場を悪くしてしまった。そして、今姉上が生きておられるのは紅炎が取り計らったから。
本当に今更どの面を下げて会うと言うのだ。

「ですから謝りに行きましょう。そして、元気な姿を見せに行きましょう」
「ですが……」
「お義姉さんだってきっと会いたいと思ってますよ」

だから、行きましょう。
強い瞳でこちらを見つめてくるモルジアナ殿。
決して譲らないという決心がにじみ出ていた。

「わかりました。共に行きます」

半ば折れる形で苦笑すれば、彼女から花のような笑顔が現れる。
手にした偃月刀を元の位置に戻して右手を差し出す。
その手にきょとんとしながらも、それの意味するところが分かったのかぎこちなく笑って自分の左手をその上に乗せてくれる。
優しく握って扉を開ければ、朝日が眩しく視界を照らした。





「お久しぶりです。……姉上」
「こんにちは」
「よく来ましたね白龍、モルジアナ。今お茶を用意します」
「姫様それは私がやりますので!」

青舜のナイス判断により惨劇を回避できたことに心から安堵のため息を漏らす。
姉上、相変わらずお茶ですら奇跡的な味を生み出してしまうからな……。
どうしてあんなにも複雑怪奇なお茶を淹れることができるのか本当不思議でならない。
促されるままに椅子に腰かけると、嬉しそうな表情でこちらを見つめる姉上と目が合った。

「……何でしょうか」
「いいえ、なんでもありませんよ」
「あの、白え……お義姉さん」
「むず痒いので白瑛でいいですよ、モルジアナ」

ふふ、と笑って俺とモルジアナ殿両方を視界に入れて青舜が持って来た茶を一口啜る。
なんだか気恥ずかしくなって、誤魔化すように俺も出された茶を啜る。

「それで、お子はいつ頃ですか?」

姉上の爆弾発言に含んでいた茶を噴き出したし、それを見て慌てたモルジアナ殿に背中を叩かれた衝撃で咽るし、ついでに呼吸も一瞬止まるしで軽い惨事となった。
顔を真っ赤にする俺と、何を言われたのか皆目見当はつかないけれど俺の慌てぶりを察して心配そうに見やるモルジアナ殿とまるで面白いものを見るかのような視線を向けてくる青舜と意外そうな顔をする姉上。
今のはからかうとかではなく真面目に言ったのか?

「そんなに慌てるようなことだったのですか? アリババ殿からはもうすでに大人の階段を昇ったと聞き及びましたが」

アリババ殿、今度会ったらまた殴りますね。――それにしても姉上になんてこと言ってくれやがりましたか。
未だ心配そうな視線を向けるモルジアナ殿に大丈夫だと諭して、姉上に視線を向ける。

「子を持つ予定はまだ、ないです」
「まだ、ということはいずれは予定があるということですね。姫様よかったですね! 念願の甥っ子と姪っ子ですよ!」

――青舜、後で覚えてろよ。
青舜への恨み言を秘めつつ、今更前言を撤回する気にはなれないし、こんなにも嬉しそうに語る青舜と姉上を前に、悲しませるような言葉を述べてしまってよいものか悩む。
子を持つ予定はまだないし、そもそも俺にはまだ果たさなければならない使命がある。紅炎あたりが聞いたのならば再生要員が――なんて言い出すだろうけれど、お世辞にも幸せな家庭を経験してきたとは言えない俺自身が家族を持つということが想像できなかった。
こうしてモルジアナ殿と夫婦関係にはなれたけれど、それ以上を望む気にはなれない。
正直、怖い。
また家族がバラバラになってしまったら?
憎み憎まれ不協和音しか響かない家庭環境になってしまったら?
そうなったとき、俺は――

「モルジアナは男の子と女の子、どちらが欲しいのですか?」
「え、あ、えっと……私は」
「ちょ、姉上! モルジアナ殿が困っているのではないですか!」

飛ばしていた思考を急きょ戻し、慌ててフォローにまわる。
俺がぼうっとしている間に何を言ってるんですか!
あと青舜! ニヤニヤしてこっちを見るな!

「わ、私は、その……」
「モルジアナ殿も真剣に悩まなくていいですから! 姉上も変なことを言わないでください!」
「ああ、そうだ」

意地の悪い笑みを浮かべて、青舜は俺に耳打ちをする。
それを聞いて俺の頬はさらに赤くなるし、それを見たモルジアナ殿は首を傾げるし――ああ……もう早く帰りたい!



(ちなみに姫様はどちらも欲しいらしいですよ)

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