「俺が正真正銘紅玉の夫だよ!」


強烈な日差しに思わず目を細める。
視線を上げれば、未だに黒い大地はどこまでも続いていて、それを見るだけで今すぐにでも投げ出して逃げてしまいそうになる衝動を抑えるのに必死になる。
大きくため息を吐き出して、上げていた視線を手元に落とす。緑豊か、とまでは言わないが遠くに見える黒い大地と比べれば幾分か生気を取り戻している土色。
自分自身がしでかしたことの責任なのだから全うすべきことだとわかってはいるけれど、暑い日差しと永遠と続く黒い景色が決心を鈍らせかねない。
頭を振って邪念を取り払う。
暑さと魔力の限界からか、頭のみならず体ごと揺れる。
最近は自分の限界というものをよく理解してきているので、もう少しで魔力が切れそうだというところで休息を挟むようにしている。
モルジアナ殿と再会するまでは、ただがむしゃらに――それこそ自分の命など捨てるつもりで毎日生きてきたけれど、今は少しでも長く彼女の隣に在りたいと思う。
課された使命は全うすべきだけれど、それでも俺はモルジアナ殿と共に生きていきたいと願う。
俺のことを救い上げてくれた彼女に、少しずつでも恩を返していきたい。

「おーい、白龍!」

木陰に腰を下ろして一息つこうかとしたところで背後から声がかかる。
振り返らずとも声でわかる。アリババ殿だ。
座ったままでは失礼にあたると、立ち上がろうとしたところで立ちくらみが起こる。
なんとか木に体を預けることで倒れることは避けられたけれど、その様子を見ていたアリババ殿から心配の声がかかる。

「大丈夫か? 魔力操作で限界ギリギリまで体を動かしてんだから座ってろよ」
「いえ、ですが……」
「いいから。それにお前が立ち上がっちゃうと俺も座れなくなっちゃうだろ?」

俺だって木陰で気持ち良く座りたい! とさりげなく俺を座らせるように促して、自身もその隣に腰を下ろす。
こういう気遣いをさらりとこなせる人だったのだろうか。

「いやー、今日も暑いな。まあ、シンドリアに比べたらそうでもないのかもしれないけど、慣れない気候に体がついていかねえぜ」
「そうですね。俺もシンドリアに留学していた時は慣れずに苦労しました」
「なんだ、お前もか」

白い歯を見せて笑うアリババ殿。
というか、普通に地べたに座ってしまっているけれどあなたの着ているその服はあまり汚していい部類の服ではないのではないだろうか。
見たところ装飾も作りもきちんとしたものだし、俺に合わせるからといって直に地べたに座って土汚れをつけてしまっていい代物とは思えない。
俺の視線に気付いたのか、アリババ殿は自身の着ている衣服の襟元を掴んで苦笑い。

「似合わねえだろ? ずっと動きやすさ重視の服ばかり着てきたからこういうごてごての装飾がついた服ってなんか落ち着かなくてよ。だからいつもの調子でこうやって汚して帰ると紅玉が呆れるんだよな」
「そういえば義姉上と婚儀を交わされたのですよね。おめでとうございます。晴れて俺の義理の兄となられたわけですか」
「全然嬉しそうじゃねえな」
「嬉しいですよ。義兄上」
「なんか寒気がするから普通に名前で呼んでくれよ」
「ではアリババ殿」
「順応早いな」
「共に戦ってくれた恩人を、義姉上と婚儀を交わしたからといっていきなり義兄と呼ぶのは抵抗がありますからね」

そっか、とだけ言ってアリババ殿は天を仰ぐ。
それにつられて俺も空を見上げるけれど、別段時別なものは映らず、ただ青い空が広がっているだけだった。

「空が青いな」
「そうですね」
「……白龍」
「なんでしょうか」
「昨日はお楽しみだったそうじゃねえか」
「――っ!?」

アリババ殿の言葉に、顔が一気に染まり後ずさる。
その勢いで背後の木に思いきり背中を打ち付けてしまった。
痛みに悶えながらもアリババ殿へ視線を映せば、俺とは対照的に顔面から血の気が引いて目を見開いていた。
なんだ、その反応。知っていて言ったのではなかった……のか?

「ま、まさかお前……大人の階段を昇っちまったのか……!? 嘘だろ!? 俺とお前は仲間だと思ってたのにこんなに簡単に裏切られるなんて」

地面に手をついて項垂れるアリババ殿。
本気で落ち込んでいる様子だった。

「え、いや、え……? アリババ殿がモルジアナ殿をけしかけたのでしょう!?」

確かモルジアナ殿の話の中ではそうだったはずだ。
アリババ殿に言われた、と。

「けしかけてねえよ! ちょっとからかうつもりでモルジアナに言っただけだっての!」
「モルジアナ殿はなんでも真面目に受けとる方と知らなかったわけではないでしょう!? おかげで昨日は大変だったんですよ!」
「大変!? 何が大変なんだよ! 下半身か!? 下半身が大変だったってか!?」
「下半身下半身言わないでください! 己の理性との戦いで大変だったのです!」
「理性との戦いとか、かっこいい言葉使うな! 己の欲望の間違いだろ!」
「あんた仮にも義姉上の夫なんだからもう少し言葉遣いを正せ!」
「うるせえ、仮とか言うな! 俺が正真正銘紅玉の夫だよ!」

いつの間にか俺もアリババ殿も互いの襟に掴みかかっていて、一触即発の空気があたりに流れている。
殴り合いのゴングがまもなく鳴り響く。
結局、モルジアナ殿が仲裁に入るまで俺たちは殴りあった。



(お二人ともどうしたのですか)

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