しろとりのり


「なあ、清水。しりとりしない?」
「しりとり?」

昼休みが始まって5分もしないうちに、菅原はわざわざ私の教室にまでやってきてそんな提案を持ちかけてきた。
机の上に出してしまった弁当箱を見て、それから菅原を見れば「食べながらでいいからさ」なんて気遣いの言葉。
そんなところに気を遣ってくれなくてもいいのに、と思ったけれどそれは胸の内にしまっておく。
それにしても何故しりとりなのだろう。
というかそもそも何故私なのだろう。
わざわざクラスを跨いできてしりとり?
ただ単にしりとりがやりたいだけなら澤村を誘えばいいだろうに。同じクラスなのだし。
その旨を伝えれば、

「大地じゃだめなの。俺は清水としりとりがしたいんだ」

なんて返される。
まあ、食べながらの会話ならぬしりとりもできないわけじゃないし、ここで強固に断る理由もない。
承諾の意を見せると菅原は、にかりと白い歯を見せる。

「りんご」

いきなり何の前置きもなく始まったことに驚きながらも、「ゴリラ」と返して弁当箱を開ける。
箸を出して卵焼きを一つ掴み上げる間に「ラッパ」と単語が紡がれる。

「パイナップル」
「ルビー」
「胃腸薬」
「胃腸薬って……清水面白いところチョイスしたな」

別に面白さを狙って言ったわけじゃなくて、たまたまこの前の時間にそんな単語を聞いて頭に残っていただけだ。
しりとりをしているから普段よりも、もっと小さく弁当の中身を切り分けて食べるせいでなかなか食が進まない。

「クコの実」
「クコの実って何?」

聞きなれない単語に首を傾げる。

「杏仁豆腐の上に乗ってる赤い木の実あるべ? あれがクコの実」
「へー。知らなかった」

また一つ勉強になったと内心感心しつつ、「神輿」と返す。

「清水」
「何?」
「いや、呼んだんじゃなくてしりとりの方。神輿の後の清水だべ」
「……ずるい」
「家」

今のずるいはしりとりの方で言ったつもりではなかったのに、どうやら菅原は清水の後のずるいだと勘違いしたようでそのまま返してきた。
正してほかの単語を言う気にもなれなかったのでそのまま続行する。

「絵」
「煙突」
「積み木」
「潔子」

瞳が開かれる。
両親、親戚以外の人から滅多に呼ばれない名前を呼ばれたことと、それを何の気なしに流れるような――ともすれば聞き流してしまいそうなくらい流暢な言葉で、しかもそれが菅原という異性の人が言ったということに驚きを隠せない。
ナチュラルすぎて本当に意識していなければ聞き流してしまいそうだった。
言った本人は私の返しを満面の笑みでいまかいまかと待っている。
ああそうか。どうしてしりとりなんてしようって言ったのか気になっていたけれど、こういうことか。
しりとりにかこつけて名前を呼びたかっただけなんだ、と漸く理解する。
そんなの本当にずるいじゃない。
だけど、言われっぱなしは何だか悔しい気がして、私も反撃とばかりに「潔子」の後を返す。

「孝支」

言われた彼は頬を染めて視線をあちこちやったから、これでお返しねと心の中で呟いて未だ半分以上残っている弁当を片付けに入った。



(清水、それは反則だべ……)

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