豪雨と拷問


バケツをひっくり返したような雨。
そう表現するのが一番正しいと思う。
降る一歩手前でそこらの店の軒先に避難できたからいいものの、あと数十秒遅れていたらずぶ濡れになってしまうところだった。
午後から急激な豪雨が――なんて、朝言われていたのを軽く聞き流していたけれど、これは聞き流していい情報ではなかったと後々になって後悔するものだから本当後悔先に立たずを今現在体現してしまっている。
小さくため息を漏らして顔を上げると、雨で真っ白になった視界の隅に動く人影を見とめる。
あ、と思った瞬間にはその手を掴んで引き寄せていた。
驚く相手と、動揺する俺。
咄嗟に掴んでしまった手を離せば、ゆっくりと上がる視線とかち合った。

「え……、あ、えっと……?」

困惑する少女――確か園原だったか……? はどうしたらいいかわからず、オロオロとしているし、俺もこの後のことを全く考えていなかったからどうしたらいいかわからない。
結局二人して何もせぬまま、喋らぬまま暫しこの豪雨を見守ることとなった。

「あの……平和島、さん?」

注意して聞いていなければ聞き逃してしまいそうな小さくてか細い声。
一瞬自分のことを呼ばれているだなんて思わなくて、危うく無視してしまうところだった。

「なんだ?」
「ありがとうございました」

言葉と共に頭を下げられる。
何に対しての礼なのかわからずに首を傾げると、「あ、雨宿りさせてもらって」とまた小さな声で返される。
別に礼を言われるようなことをしたつもりはないというのに。律儀な奴だ。
それにしてもこの雨、どうにかならないものか。
このままじゃずっとここで雨宿りする羽目になりそうだ。
小さくため息をこぼしてみるも、何をするにもどうもしようがないこの状況。
仕方なく再びアスファルトに打ち付けられる雨粒を見ていたその時だった。
隣りから小さなくしゃみが聞こえる。
恐る恐る首を傾ければ、何故か顔を赤くする園原。
そういえば、彼女は俺と違って雨に打たれているのだったか。

「大丈夫か?」
「あ、はい……。大丈夫です」
「寒いか?」
「いえ……くしゅっ」

寒いんじゃねえか。
何で無理して大丈夫なんて言ってるんだ?
俺に遠慮しているのか、それとも元来からこういう性格なのかは知らねえけど、このまま放っておくのもどこか気が引ける。

「お前、家ここから近いのか?」
「歩いて30分くらいです」
「30分か……」

この雨もやみそうにないし、仕方がないか。

「そのままじゃ風邪ひくだろ。俺の家ここから近いからそこまで走れるか? 走れないようなら担いでいくけどよ」
「え、いえ、大丈夫です。自分の家に……くしゅ!」
「ほらいいから、行くぞ」

渋る彼女の手を取って豪雨の中走り出す。
雨に当たってみてわかったことだけど、結構濡れると寒い。
こりゃくしゃみもするし、濡れたまま居ようものなら風邪をひきかねない。
よくもまあこんな状態で我慢していたものだと感心しながらもほんの少し呆れる。
俺に気を遣っているのかどうかなんてわからないけれど、もう少し自分を大切にすべきだと思う。これで風邪でもひいたらどうするんだ。自分に気を遣ったって罰が当たるわけでもねえんだしよ。
ほんの数分で辿り着いた、目的地である我が家。
急いで靴を脱いで洗面台からタオルをひったくるようにして持ってくる。
一枚を未だ玄関で呆けている彼女に投げ渡す。

「ありがとうございます」
「ぼうっとしてないで上がれよ」
「いえ、私はここで……」
「そのままじゃ風邪ひくって言ってんだ。俺のシャツ貸してやるから雨が止んで制服が乾くまで居ろよ」

困惑しながらも、小さく「お邪魔します」と頭を下げて脱いだ靴を揃えて上がってくる。本当に律儀な奴だ。
そこらに放り投げてある服の中から適当に取って渡す。
この身長差だから着れないということはないだろう。

「むこう向いてるから終わったら呼んでくれ」

言って部屋の隅に視線を向ける。
あ、そういえば掃除してねえや。まあ、いいか。
いくらか時間が経ったところで後ろから声を掛けられる。
終わったのかと振り返れば、そこにいたのは何とも際どい姿の園原。
それもそのはずだ。俺が渡したのはシャツ一枚で、下に穿くもののことなんて一切考えてなどいなかった。
大きいから十分だろうと思ってのことだったけれど、ぎりぎり下着が隠れるくらいの丈しかない。
そのため、もじもじと裾を掴んで恥ずかしそうに顔を赤らめる女子高生という、言葉面からしたらいかにも危ない雰囲気が漂う結果となってしまった。

「その……ありがとうございます」
「よくその格好で言えるな」
「恥ずかしくないというわけではないのですが、これ以上ご迷惑もかけられませんし、制服が乾くまでの間ですので」
「…………」

そんなことを言われるとますます服を貸しづらくなる。
極力視界に入れないようにしたいけれど、狭い部屋の中でそれも叶わず。
結局、制服が乾くまでの数時間俺は拷問のような時間を過ごすこととなった。



(平和島さん、風邪でもひいたのかな)

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