眼鏡とほんの少しの勇気があれば


なんだろう。なんだろうこの状況。
混乱し続ける頭の中で考えを巡らせようにも、すぐそばで――しかも吐息が聞こえてきそうな超至近距離で俺の顔をじっと見つめている清水のおかげで思考があっちこっちに行ってしまう。
こんな状況を田中や西ノ谷にでも見られたら大騒ぎになること間違いないのに、ずっとこのままこの状態が続けばいいのに――とも思ってしまうのはやはり俺が男なのだからだろうか。
これがほかの誰かだったのなら「どうかしたのか?」とでもなんでも言って離れてもらうのに、相手が清水なのだから本当にうれしいのやら悲しいのやら。
かれこれ1分くらいこの状況が続いているけれど、俺の体感時間はそれよりもずっと長い。
とりあえず無言のままではまずいと何か声をかけようと息を吸い込んだ時だった。

「……菅原? でいいの?」
「へ? あ、うん。俺、菅原……だけど」

今度は思いきり眉間に皺を寄せられた。
何か変なことでも言ってしまったのだろうか? ただ名乗っただけなのに?
疑問符ばかりが浮かぶ。でも、そのおかげかどうかはわからないけれど、漸く冷静になって彼女の顔を見ることができた。

「……清水。眼鏡は?」
「壊れたから修理に出してる」
「……そっか」

そうか、そういうことか。
何でいつもはこんなに近くまで寄ってこない清水が珍しく来ると思ったら、眼鏡がないから顔の判別がつかないからか。
理由がわかって安心したけれど、未だしかめっ面の清水が見つめてくるものだから俺の心臓は高鳴り続けている。
だけど、こんなに近づかないと顔の判別がつかないなんて、日常生活で支障が出まくるだろうに。特にうちの部活では。
なるべく清水たちの方へボールをむけないようにしているとはいえ、不可抗力というものは多々ある。それで何度か危ない目に合わせてしまった。
視界がぼやけているのではボールが来たところで反射的に避けられないだろうに。

「清水。今日は眼鏡ないなら部活休んだ方がいいべ」
「午後までには修理が終わるから大丈夫」
「いや、俺の顔もこの距離じゃないとわからないんだから大丈夫じゃないべ。というかちゃんと眼鏡屋にも行けるかどうか怪しいって」

途中で車にでもぶつかったらどうすんだべ? と諭すように言えば閉口する清水。
別に怒ったつもりはないんだけど、ほんの少し気まずそうな顔で返される。

「じゃあ、俺が眼鏡屋までついていく。で、終わったら部活出ればいいべ?」
「一人で大丈夫」
「大丈夫じゃないべ」

根負けしたわけじゃあないけれど、気まずそうな清水の顔をこれ以上見たくないと思ったのも事実。
大地には後で説明すればいいか。で、田中と西ノ谷には秘密にしておこう。
渋り続ける清水ではあったけれど、自分の状況は自分が一番よく分かっているらしく、最終的には同行を許可してくれた。

「菅原は優しいね」

ふとこぼされたその言葉に何て答えようかと一瞬迷って、

「うちの大事なマネージャーだからな」

と言ってしまったけれど、本当は「清水だけだよ」と言いたかったことはそっと心の奥底にしまっておくことにしよう。



(あれ、スガさん今日遅いんすね)
(ああ、野暮用だってさ)

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