「あなたのことが好きなのです」


修復された青龍偃月刀を手に、焼け野原となった国土を歩く。
魔力操作を使いすぎたせいで視界はかすむし、足取りも重たい。
だけど、休むことは許されない。
これは俺に課せられた第二の使命なのだから。
それこそ本当に、命を使う――使命。


皇位継承権を放棄し、練の名を捨て、ただの白龍として今後は魔力操作とザガンの能力で国土を元通り以上の状態にしろ――と。そう、紅炎は皆の前で宣言した。
処刑を望む声を、あの男はまるで聞く耳持たずで一刀両断にした。
あの場に集まった誰もが俺の死は確実なもので、そして望んでいたものだと思う。
家族を、仲間を、俺が引き起こした戦争のせいで失ったのだから。
俺が大切な家族を失ったのと同じように、あの場にいた全員が大切な誰かを失った。
ただ、あの中でも姉上と義姉上だけは俺の処刑を望まぬ側であったらしく、あの二人が紅炎に対して必死の嘆願を繰り返した結果が今の俺の状況である、と後日夏黄文から聞いた。
魔力操作とザガンの能力を最大限に利用して国土を再生する、という誰が聞いても恩情溢れる処罰。
しかし実状はそんな生易しいものではない。戦争で焦土と化した土地は広大で、どう考えても俺一人の力でどうにかなるものではない。そもそも、生きている植物が僅かである。その植物を成長させ、種子を実らせ、それを元にまた成長させ、の繰り返し。
宮中に燃えずに残っていた種子も数が多いわけではないし、ジリ貧もいいところだ。
魔力操作を使って一日で再生できる国土なんてたかが知れている。朝から晩まで再生活動をして、夜半は休息と国土再生への勉学に励み、朝日が昇ればまた活動を再開させる。
どれだけ続けても視界に入る範囲しか緑が見えない。そしてその先は未だに黒い大地が広がり続けている。
だからこれは、無期刑。
命が尽きるまで、俺はこの煌帝国に縛られ続けるのだ。

「…………」

俯き続けて首が痛くなってしまった。
ため息と共に首を上げると、遠目に見覚えのある色を見とめる。
疲れで幻覚でも見ているのだろうか。
想い人に似た――赤い色。
自嘲気味に笑って、青龍偃月刀を握り直す。
大きく深呼吸して視線を落としたところで、目の前に影ができる。――影?
落とした視線を上げて言葉を失う。

「こんにちは、白龍さん」

にこりと笑う少女は紛れもなくモルジアナ殿その人。
驚きのあまり何もできない俺を見て、彼女は右手を差し出してくる。
この手は一体どういうつもりで差し出されたものなのだろうか。
目的を問おうと口を開けたところで、先に向こうから言葉をかけられる。

「私にもお手伝いさせてください」
「……え? あの、何を……ですか?」

回らない頭で漸く紡ぎ出した言葉を受けて、彼女は再び笑う。

「お花とか木とか植えるのをお手伝いさせてください。できれば指示していただけると嬉しいのですが」
「いえ、あの、どうしてあなたがここにいるのですか? シンドリアに戻ったはずでは?」
「はい。シンドリアに戻って、準備してまた来ました」

そんなちょっと家に帰ってまた来ましたみたいな言い方をするけれど、ここからシンドリアまで船で何日かかると……いや、それよりも何故戻ってきたのだろう。
戦争終結後のあの日、大泣きしたあの日から数日後には彼女はアリババ殿とアラジン殿とシンドリアに戻ったと聞いた。その時の俺はもう囚われの身の上だったから詳細はわからないけれど、また再びこの地に足を踏み入れる理由が彼女にはないはずだ。
戦争は終結し、俺はこうして一生を懸けてこの焦土を再生するだけなのだから。

「白龍さん?」

黙る俺に彼女は首を傾げる。

「モルジアナ殿。何故またこの地に戻ってこられたのですか……。もうあなたにはここを訪れる理由なんてないはずです。戦争は終わったのですよ」

俺の言葉にモルジアナ殿はそうですね、と返して傍に置いてあった種子の袋を手に取る。
そこから中身を取り出して、服が汚れるのも構わず不器用ながらも土に埋めていく。
その行動の意図がわからなくて、今度は俺が首を傾げる側となった。

「シンドリアに戻る船中、ずっとあなたの泣き顔が忘れられませんでした。お父さんとお兄さんたちと……お母さんのことを想って泣いたあなたのあの顔が。だからまた来ました」
「どうして、ですか。そんな理由でまた遥々海を渡って来られたと言うのですか?」
「はい」

短く言葉を切って、モルジアナ殿は作業していた手を止め、立ち上がる。
その瞳は何かを決意した時のように真っ直ぐ俺を見据えていた。

「あなたのことが好き、なのだと思います」
「…………え?」
「私は、あなたのことが好きなのです。白龍さん」

はっきりとそう口にして、薄く笑う彼女は言葉を続ける。

「シンドリアに着いてすぐ、あなたが煌帝国の国土再生を命じられたことを聞きました。たった一人でこの広大な土地を元に戻すのは大変です。だから、お手伝いさせてください。好きな人を助けるのに、これ以上の理由はいりませんよ」
「だめ、です。これは俺が自ら招いたこと。あなたを巻き込むわけにはまいりません。あなたにはアリババ殿とアラジン殿という帰るべき場所があるのです」
「アリババさんとアラジンにはきちんと事情を説明して来ました。大丈夫です」
「大丈夫ではありません!」

つい言葉を荒げてしまったけれど、どうにもこの勢いは止まってくれそうになかった。

「あなたには明るい未来がたくさん待っています。俺と一緒にいてはいけません。後ろ指をさされるのは俺だけで十分です。俺は皇位継承者でもなく、練の名も捨てた、ただの罪人です。ここで一生を終えるのです。あなたまで俺に付き合ってここで一生を無駄にすることはありません。――だから、もう……帰ってください。最後にあなたに会えてよかった」

さながら捨て台詞のように言って、背を向ける。
本当ならこの場からすぐにでも走り去ってしまいたいが、体が言うことを聞いてくれない。
何かを言おうとしているのか、それとも呆れて物も言えないのか、背後からは何も聞こえない。
これでいい。罪人は俺なのだから。彼女まで後ろ指をさされるのは我慢ならない。
ずっと、ずっと好きだった。今も好きで、願えるのであれば彼女の隣に居たいと、本気でそう思う。
だけどそれは望んではいけない夢。現実から逃避した幻。
いつの間にか瞳は潤んでいて、ぽたり、ぽたりと地面に小さな染みを作る。
――さようなら、モルジアナ殿。
心の中で呟いて、涙を拭いたその時だった。
右手を勢いよく掴まれる。
咄嗟に振り返れば、とても悲しそうな顔をしたモルジアナ殿と目が合う。

「……私は、奴隷でした」

小さく呟かれたその言葉。
以前もどこかで聞いた言葉。

「アリババさんやアラジンに出会う前はこのまま奴隷として生き、奴隷として死ぬのだと、そう思ってました。彼らと出会い旅をしていろんなものを見ました。色々人と出会いました。その中で白龍さん、あなたに出会ったのです。奴隷という卑しい身分であった私に白龍さんはそんなの関係ない、妃にしてくれると言って下さったじゃないですか。それがとても嬉しかったのです」

ああ、夢のままだ。
あの日見た夢のままだ。
再び泣きそうになるのをぐっと堪える。

「白龍さんが犯した罪は償わなければなりません。それは途方のないものだと思います。だから私もお手伝いします。お手伝いさせてください。私はあなたの力になりたいのです」

小さく笑って、彼女は両手でもって俺の手を優しく包む。
それが尚更俺の胸を締め付ける。
やめてください。
俺はあなたの傍にいられることを望める人間ではないのです。

「モルジアナ殿。あなたは本当にいつまでも優しくて、美しい方です。だからこそ、第四皇子という身分を捨てた今の――罪人である俺ではあなたのことを幸せにできません」

モルジアナ殿の顔に影が差す。
――何か怒らせるようなことを言ってしまったのだろうか?

「白龍さんは私が元奴隷であっても憐みもせず、卑しくも思わず、身分を気にせず私のことを好きだと仰って下さったではないですか。そのあなたがご自身の身分を気になさるのですか? 私はあなたが煌帝国の皇子だから好きになったわけではありません。優しくて、泣き虫で、お姉さん想いの――一人の男の人としてあなたが好きなのです、白龍さん」

それとも、と続けて彼女は目を伏せる。

「私のことは嫌いになってしまわれましたか?」

その言葉に反射的に包まれた手に力が入る。

「そんなことありません! アクティアで想いを告げたあの時から俺の気持ちは変わりません。……あなたのこと、ずっと好きです。ずっと、ずっと迎えに行きたいと願っていました。でも、もう俺はここで生きて死ぬしかないのです。迎えになんて――」
「ですから私がこちらに来たのです。白龍さんが来られないのであれば私が行けばいいだけの話です」

簡単です。
そう言って、彼女は笑う。
その笑みについに堪えきれずに涙がこぼれる。

「白龍さん。私のだんな様になってはいただけませんか?」

崩れ落ちる俺と一緒にモルジアナ殿も腰を落とし、優しく声をかけてくれた。
夢にまで見た日が――幻と終わらず現実となってやってきた。
嬉しい。本当に嬉しい。
小さく首を縦に振って、了承の意を表す。

「モルジアナ殿……ありがとうございます。あなたのおかげで、俺はまだ生きていけそうです」
「はい」

俺よりも小さなその体を力の限り抱きしめた。



(今日からあなたが俺の生きる目標です)

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