七夕バースデー
「戦場ヶ原さん」
「あら、何かしら羽川さん」
どこか楽しげな表情で鼻歌を歌っている戦場ヶ原さんに話しかけるのを一瞬戸惑ってしまった。
何かいいことでもあったのかな?
「阿良々木くんがさっき慌ててお花屋さんに行ってくるって言っていたけれど、戦場ヶ原さん何か知ってる?」
「花屋? さあ、私には皆目見当もつかないわ。ああ、だけれど……今日は七夕よね? そして七夕と言ったら――この先は言わなくても分かってもらえるとは思うけれど、あえて言わせてもらってもいいかしら?」
「随分長く引っ張るけど、それで私が嫌って言ったらどうするの」
「羽川さんならきっと私の話を聞いてくれると信じているから大丈夫よ」
何を根拠に大丈夫なのかわからないし、私に対して全幅の信頼を置いているみたいだけれど、彼女が言うほど私はできた人間じゃあない。
本当にできた人間なら、もっとうまく立ち回っていると思うし、こんな――白と黒のまだらの髪色になんてなっていない。この髪色が嫌だとは思わないし、これは自分の醜さとストレスの身代わりになってくれたあの子たちとの絆でもあるのだから否定はしない。
さて、話は逸れてしまったけれど。
ええと、七夕と言ったらという話だったっけ?
「で、七夕と言ったら何なの? 戦場ヶ原さん」
「よくぞ訊いてくれたわねバサ姉。何を隠そう七夕――7月7日は私戦場ヶ原ひたぎの爆誕祭を催す日なのよ」
「爆誕祭って……」
「もっと簡単に言うなら7月7日は私のお誕生日なのよ」
「最初からそう言えばいいじゃない」
「ちょっと盛り上げてみたかったのよ」
そう言って戦場ヶ原さんは笑う。
以前の彼女であるなら絶対笑わないであろうこの場面で、今の彼女は何の抵抗もなく笑う。
それがなんだか嬉しくて私まで笑みがこぼれる。
「ハッピーバースデーひたぎ」
「自分で言っちゃうの」
「自分でも言うのよ。そしてお父さんにも祝ってもらうわ。あとついでに阿良々木くんにも祝わせてあげようかしら」
「随分と上からなんだね」
「ごめんなさい悪気はないんですつい口が、この口が」
「別に怒ってないってば」
私の言い方が悪かったのだろうか。
戦場ヶ原さんのテンションが一気に急降下してしまった。
別にそんなつもりじゃあなかったのに。
自分でこんな空気を作り出しておいてなんだけれど、とても気まずい。
気まずいけれど、先ほどからずっとポケットに忍ばせているこれを渡さなければならない。
意を決して言葉を呈す。
「戦場ヶ原さん」
「何かしら、いえ、なんでしょうか羽川様」
俯く戦場ヶ原さん。予想以上にテンションが落ちてしまっているようで申し訳なさで胸がいっぱいだ。
「お誕生日おめでとう」
そう言って、ポケットから小さな包みを取り出して戦場ヶ原さんに差し出す。
それをゆっくりと見とめてから、彼女は恐る恐る手を伸ばして受け取る。
爆弾とかじゃあないんだからそんな慎重にならなくても大丈夫なんだけどなあ。
まあ、でも私の言葉のせいでこうも落ち込んでしまったのであれば私が言えたことではないのかもしれないけれど。
「阿良々木くんよりも先に渡しちゃってごめんね。本命さんからはちゃんと祝ってもらってね」
私の言葉に、彼女の目にうっすらと涙が滲む。
泣くほど嫌だったのかな……そうだとしたら少しショックだ。
「ありがとう、羽川さん……一生大切にするわ」
「そんな重く受け止めてもらわなくてもいいんだけれど」
「ありがとう、とても嬉しいわ」
戦場ヶ原さんはゆっくりと顔を上げて、綺麗な笑みを作った。
その後阿良々木くんが汗だくになって花束を持って来たけれど、それすらも眼中にいれずに彼女は私があげたプレゼントを眺めていた。
少しくらいは阿良々木くんにも目を向けてあげればいいのに、なんてとてもじゃないけれど言えなかった。
(戦場ヶ原本当ごめん! 忘れていたわけじゃあないんだぜ!?)