「泣いてもいいですか」


白龍くんが戦争起こした後の話をかなりねつ造してます。
気が向いたらシリーズ化するかもしれません。















辺り一面、焼け野原だった。
花々は燃え、木々は黒炭と化し、民家はその形を消失し、そこに住んでいたであろう人間は火の海の中で既に息絶えていた。ここは緑と色とりどりの花に囲まれた場所であったはずなのに……。
曇天から降り注ぐ雨がこれでもかと追い打ちをかけてくる。
左手の義手は最早使い物にならないくらいに破壊され、青龍偃月刀も見るも無残な程。
焦点のはっきりしない瞳はいったいどこを見ているのだろうか。
自分のことのはずなのにそれがわからない。
俺はいったい――どこを見ているんだ?

「白龍、さん」

不意に背後からの声。
ゆっくりとした動作で振り返れば、そこに佇んでいたのは想いを寄せ続けている少女の姿。
顔はススにまみれ、彼女がいつも着ている異国のワンピースも少し焼け焦げている。先ほど宮中で会った時と寸分狂わぬその姿。
これは夢か? 限界をとうに超えた体が見せる最後の幻なのだろうか? 彼女がこの場にいるはずがない。彼女はアリババ殿とアラジン殿と一緒にまだ宮中にいるはずなのだから。俺一人、出てきたはずなのだから。
それでも、最期のひと時をあなたと過ごせるのであればこんなにも嬉しいことは無い。
夢にまで見たんだ。あなたと再会することを。
願って、想って、叶えたかった。

「モルジアナ殿。俺は最後の最後まであの女を憎んでいました。恨んでいました。この手で殺してやろうとずっと思っていました。だけど、俺の復讐劇はあっけなく終わってしまったのです。アリババ殿とアラジン殿と、モルジアナ殿――あなたたちのせいで。いえ、おかげでと言ったほうがよいのかもしれませんね。あなたたち三人のおかげで俺はこの手であの女を殺せなかった。復讐、できなかったのです。父の、兄の無念をこの手で晴らしたかった。だけど、あのままこの手にかけていたら、きっと俺は姉を悲しませていたと思います」

そこで一度言葉を切って、眉根を寄せる。

「だから、あなたたちが来てくれて、助けてくれて本当によかったと思います。俺は、たった一人の家族すら無くすところでした。ありがとうございました」

深く頭を下げる。
あの女をこの手で殺せなかったことは悔やまれる。だけど、あのまま殺していたら姉上は決して俺を許さなかっただろう。たとえ、組織の女だったとしても――あの女は血の繋がった母親だったのだから。家族を大切に思う姉上が身内同士の殺し合いを許すはずがない。
大きく息を吐き出して、その場に座り込む。
もう立っていることすら限界だった。
先の戦いで魔力操作を多々行った反動もあり、気を緩めれば意識を手放してしまいそうになる。
このまま手放してしまおうか。
そうしたらきっと、俺は――

「白龍さん」

すぐ近くから名を呼ばれて驚いてそちらへ顔を向ければ、思った以上に近い距離にモルジアナ殿の顔があった。

「私はあなたがお母さんをその手で殺めてしまわなくて本当によかったと、そう思います。結局あの人は亡くなってしまいましたが、それでも白龍さんの手によってではないということはよかったと思います。私には生きている家族がいるかどうか、未だにわかりません。でも子どもが親を殺すなんて悲しいです。たとえそれが、悪い人だったとしても、です」

お腹を痛めてあなたを産んでくれた人なのですよ。
そう言って、モルジアナ殿は不器用ながらも笑みを作ってくれる。
その言葉に少し考える。あの女は、どんな気持ちで俺を産んだのだろうか。
ただ、皇位継承者を産まねばならないという義務感だったのだろうか。
それとも、一人の親として、愛しみながら産んだのだろうか。
今となってはそれはわからない。
俺は男で、出産の痛みなんて全然わからないし、苦しさも経験できない。
だからこそ、俺を産んだときにあの女はどんな気持ちだったのだろうか、と思う。
義務であったのだろうか。それとも……?

「幼い頃――この火傷を負う前ですが。あの女はよく俺に笑いかけてくれました。楽しいことをたくさん教えてくれました。もちろん皇位継承者ですからそのための教育もありましたが、いつもあの女が褒めてくれて、それが嬉しくて尚勉強しました」

ぽつりぽつりとそっと胸の奥底にしまっていた思い出を開けていく。
あの日以来ずっと鍵をかけてしまいこんでいた、楽しくて嬉しくて優しい思い出。
今じゃ考えられないくらい幸せに満ち溢れていた記憶。

「父も兄も健在で、色々なことを教わりました。時に厳しく、時に優しく。俺は、あの人たちのことが本当に大好きでした」

俺の独り言のような呟きに、モルジアナ殿は口も挟まず静かに聞いてくれる。

「本当に大好きで、大好きで――っ!」

不意に流れ落ちた涙に目を擦る。
だけどそれは決して止まることなく、次から次へととめどなくあふれ出てくる。
なんで、どうして――。

「白龍さん」

モルジアナ殿の手が優しく俺の背を撫でる。
それが余計に流れ出る涙を助長させる。

「モルジアナ殿…………もう、悲しんでもいいですか。父を、兄を……優しかったあの頃の母を想って、泣いてもいいですか」

そうだ。
俺はあの時から悲しんでいない。
ただひたすらに復讐と使命と姉上を守るためだけに生きてきた。
父上を亡くしたのに、兄上たちを亡くしたのに、俺は一度もあの人たちのために悲しんでいない。泣いていない。
もう俺の使命は果たされた。組織は壊滅し、あの女――例えまやかしであったとしても、あの優しかった母上も、もういない。
本当の意味で、姉上がたった一人の家族になってしまった。

「ここには私しかいません。白龍さんが泣くのを咎める人は誰もいません。だから――もう頑張らなくても大丈夫ですよ」

その言葉に、ついに俺は泣き崩れた。
父上を、兄上たちを、そして優しかったあの頃の母上を想って。
ずっと、泣きたかった。悲しみたかった。
大好きだった家族を悼みたかった。
モルジアナ殿はそんな俺を笑いもせず、ずっと隣で背中を撫でてくれていた。

「もう、大丈夫ですよ」

優しく呟かれたその言葉を噛みしめて、涙が枯れるまで泣き続けた。


(さようなら――父上、兄上たち。そして、母上)

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -