特権プリーズ


「なあ、清水」

ハンバーガーを両手で持って、今まさに食べようとしたタイミングで声をかけられしまったので、大きく開けた口を閉じる羽目になってしまった。
どうしてこのタイミングで声をかけてくるの。
お腹の虫がまだかまだかとその声をあげている。

「俺に特権ちょうだい」
「……特権?」

いったい何の話をしているのかさっぱりわからない。
首を傾げて次の言葉を待つ。

「その……、俺らもう結構長い間付き合ってるじゃん? でも未だに苗字で呼び合ってるから……恋人らしい特権みたいなのが欲しい」
「恋人らしい特権っていうのがよくわからないけど、菅原は苗字で呼び合うのが嫌だから下の名前で呼び合いたいの?」
「え、あ、そういうわけじゃなくて。ていうか、下の名前だともう清水の場合呼ばれちゃってるじゃん。田中とか西ノ谷とかにさ。だからもっと違う、俺にしかもらえないものっていうか」

そう言って菅原は俯く。
要は他の誰でもない――菅原にだけ許されたものが、ことが欲しいということなのだろうか。
そう言われても今ぱっと思いつくものと言えば下の名前で呼び合うくらい。
あとは……これは言ってしまってよいのだろうか。
私の勝手な想いであるかもしれない。菅原はそんな気持ちじゃないのかもしれない。
だけど、あと思いつくものと言ったらこれくらいしかない。
何個か段階を飛ばしてしまいそうだけど、菅原の言うとおり私たちはもう一年くらい恋人という関係を続けているわけだし、早いと言われることはないと思う。
だけど、これを口に出してしまって本当に大丈夫なのだろうか。
口にして、菅原に引かれたら――どうしよう。
引かれはしないまでも、そんなことを想っていたのかなんて言われたら……?

「清水? どうかしたのか?」

声に顔を上げる。
いつの間にか私まで俯いてしまっていたようだった。
そっと菅原の顔を見れば、ほんの少しの苦い笑み。
その表情で決心した。
言うなら今しかない。

「菅原」
「なんだべ?」
「恋人の特権かどうかはわからないけど――私の左手の薬指に指輪を通す権利を……あげます」

言ってから少々上から目線からの物言いだったことに気付く。
特権をあげますじゃなくて、ほかの言い方もあっただろうに……。
私の爆弾発言にうんともすんとも言ってこないことが気になって、恐る恐る菅原を見やれば、顔を真っ赤にして目をこれでもかと見開いて困惑の表情を浮かべていた。
やっぱり上から目線の言い方が気に食わなかったのだろうか。
名前を呼ぼうと息を吸い込んだ矢先にテーブルを挟んで両腕を掴まれる。
驚いて目を白黒させていると、目の前に菅原の顔。

「清水……今の本気?」
「本気じゃなかったらこんなこと言わない」
「夢じゃない?」
「夢じゃない」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃない」
「ちょっと俺の頬抓って」

どうしても私の爆弾発言が信じられないらしく、仕方なしに言われた通り菅原の頬を抓る。
痛い痛い! と大きく悲鳴を上げるものだから周りのお客さんの目を引いてしまった。
昼時を過ぎていたからあまり人気はなかったけれど、それでも悪目立ちしてしまったことが恥ずかしくて軽く菅原をにらむ。
自分で抓ればよかったのに。

「痛い……ってことは夢じゃない? 嘘じゃない? 本当?」
「菅原。くどい」
「だって、清水がプロポーズしてくれたんだべ?」
「ちが……わないけど、菅原はそれでいいの?」
「なんで?」
「なんでって……女の方からプロポーズされるって嫌じゃないの」
「嫌なわけないだろ。むしろすげえ嬉しいって。清水も俺と同じこと考えてくれてたんだなって思ったし!」

同じ……?
じゃあ私が言い出さなくても、いずれ菅原はプロポーズしていたということ?
そのための布石? だから特権をちょうだいなんて言ったの?
プロポーズするための流れを作りたかったのだろうか。
それにしてもファストフード店でプロポーズだなんて、本当菅原らしい。
畏まらず、本当に普段通りに事を運ぶつもりだったのだろうか……。

「返事、まだ聞いてない」

徐々に赤みを帯びていく頬を隠すようにそっぽを向きながら言ったその言葉を、菅原は優しく受け止めてくれる。
ああ、その表情は反則だ。

「俺に清水の左指に指輪を通す権利をください。――絶対幸せにします」
「はい」

そんな真っ直ぐな視線を向けられてしまっては敵わない。
苦笑して、それから歯を見せて笑う。
それを見て菅原も安心したのか、急に頬が緩んだ。

「今日はお祝いしなきゃだべ!」

そうだね、と言って目の前にあるとうに覚めてしまったハンバーガーを頬張った。



(結婚してください、の方がよかったかしら)

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