こんなにも近くて、遠い


何か楽しいことでもあったのだろうか。
いつもの無愛想な表情よりもほんの少し楽しげな表情を浮かべて、モルジアナ殿は軽快に俺の元へ走り寄ってきた。

「白龍さん、手を見せてください」

不審に思いながらも言われた通り手を差し出す。
右手を出そうか、左手を出そうかと迷って右手を出した。
特に深い考えがあってのことではないから何となくという気持ちではあったけれど、どうやらその判断は正解だったようで俺の手を――正確に言うならば手のひらをじっと見つめている。
そんなに見つめられると恥ずかしいのですが……。
暫く見つめた後満足したのか、モルジアナ殿は「ありがとうございます」と頭を下げてくる。

「手のひらなんか見つめて、どうかしたのですか?」
「いいえ、なんでもないです」
「……? そうですか」

首を傾げる。
なんでもないなら何故手のひらなんかじっと見つめていたのだろうか。
だけど、言いたくないことなのかもしれない。
それを無理矢理訊くほどの興味があるかと言えば、ないと答えるしかない。
無理矢理訊いて嫌われるのは嫌だ。
俺が黙ってしまったのを機嫌が悪くなったのかと勘違いしたのか、モルジアナ殿が心配そうな表情を浮かべて窺ってくる。

「あの……白龍さん? もしかして怒ってらっしゃいますか?」
「いいえ、怒っていませんよ」
「あの……さっき手のひらを見ていたのは特に意味なんてないのです」
「は? え、あ、そうなのですか? じっと見つめていらっしゃったので手相か何か見てるのかと思ってました」

きょとんとした顔で返される。
予想だにしない言葉だったのだろうか。
上げていた視線を再び下に戻して、彼女はまた手のひらをじっと見つめる。

「それにしても、白龍さんって大きな手をしてるんですね」

未だ差し出したままの手に彼女は自分の手を重ねてそのまま上へ引き上げる。
丁度胸のあたりまで上げたところで止められたそれをじっと見つめる。
手のひらを通じて心臓の高鳴りが聞こえてしまいそうだ。

「そう、ですか?」

精一杯虚勢を張って言葉を紡ぐ。
若干声が上擦ってしまったけれどバレていないだろうか。

「そうですよ。だって、ほら」

そう言ってモルジアナ殿はほんの少し手をずらす。

「私の手、白龍さんの第一関節くらいまでしかないですよ」

口角を上げて言葉を口にする。
その表情が可憐で、可愛らしくて、愛おしい。
ああ――このまま指を絡めたらあなたはどんな顔をするのでしょうか。
そんな悪戯にも似た思惑が胸中を占める。
だけど、そんな俺の欲望にも似た思惑を知るすべのない彼女は、尚も合わせた手を見つめている。

「羨ましいです。私もこれくらい手が大きかったらいいのに」
「モルジアナ殿はまだ成長途中なのですからこれから大きくなりますよ」
「そうだといいのですが……」

今ならどさくさに紛れて指を絡められるかもしれない。
一瞬過ったその欲望のせい、かどうかはわからないが遠くで彼女のことを呼ぶ声が聞こえる。
タイムアップか……。

「モルジアナ殿、呼ばれていますよ」
「はい。白龍さん、変なこと聞いてすみませんでした」
「いいえ」

むしろありがとうございます、と心の中で呟いて見送る。
その後姿が見えなくなるまで、俺はその場に立ち尽くしていた。



(あんなにも近くにいたというのに、手を伸ばしたらそのまま抱き寄せることができた距離なのに、一方的な恋心のせいでひどく遠く感じた。)

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