あれはウソつきには見えない柄の着物なのです


「人識くんって着物とか似合いそうですよね」
「はぁ?」

思わず素っ頓狂な返事をしてしまったけれど、いやいや、いったい何の脈絡があってそんな話になったんだよ。
大体、今の今まで黙ってサンドウィッチを食ってたってのに、伊織ちゃんの脈絡のなさは侮れない。
ちゃんと食う時は食う、喋るときは喋るでメリハリつけろよ。

「なんで着物なんだよ」
「いえいえ、さっき歩いていた人が着物を着てましてね。その柄が何となく人識くんっぽかったんですよ」
「それだけかよ」
「それだけですよ。でも、人識くんなで肩だからきっと似合いますよ、着物」

ニコリと笑うと、伊織ちゃんは残りのサンドウィッチを口に詰め込む。それはそれはハムスターのように口いっぱいに。
女の子なんだから少しは食べ方とか気を遣えよ。
顔はちゃんと化粧してるくせに仕草とかでガサツさがにじみ出ちゃってるじゃねえか。

「着物は嫌だ。動きにくいし、何よりナイフを仕込めねえ」
「まあそうですねえ。それに防弾チョッキも安全靴も履けなくなっちゃいますからねえ。うふふ、でも普通の服を着た人識くんも見てみたいですけどね」
「さりげなく俺のファッションセンス馬鹿にしてんのか」
「馬鹿にはしてませんよぉ。ただ、着物とか着てみたらいいんじゃないですかっていうご提案です」

意地の悪そうな笑みを浮かべてコーヒーを啜る伊織ちゃん。
俺はというと、なんとも言い難い表情で食べかけのパフェにスプーンを突き刺す。
ああ、もうさっさと食って出て行きたい。

「あ、あの人ですよ! あの人の着物の柄が人識くんっぽいんです!」

興奮気味に指を差す先には確かに着物姿の男の姿。
――っておいまて。あいつ超長身じゃねえか。
なで肩だし長身だし顔も……美形な方だし。
あんな男を見て、俺に着物を薦めたのか?
あれはあいつだから似合うんじゃないのか?
疑問ばかりが生まれて仕方がない。

「やっぱり人識くんっぽい柄ですね。……まあ柄だけですけど」
「伊織ちゃん喧嘩売ってんのか」
「それは人識くんの心が狭いからそう聞こえるんですよ」
「いや絶対違うな。その証拠を教えてやろうか?」

そう言って俺は伊織ちゃんの両頬をぎゅっと抓る。
突然のことに慌てながらも、抓られた頬が痛いのかだんだん涙目になっていく伊織ちゃんの目を見て言う。

「顔がにやけっぱなしだぜ」
「――っ、ふぉ、ふぉへんふぁふぁい」
「あ? なんだって?」

俺が頬を抓っているからまともに喋ることができないのは重々承知で、それでも手は離さない。
面白いからというのもあるけれど、これはほんの少しの仕返しだ。
あんな完璧ルックスの奴と俺を並べてんじゃねえっての。
何が着物の柄だよ。あいつが着てた着物、無地だったじゃねえかよ。
嫌味かっての。



(人識くんひどいです! 可愛い妹の顔が伸びちゃったらどうしてくれるんですか!)

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