寝言はカウントされません


暖かな日差しが教室内を照らす。
時々吹く風がカーテンを揺らし、それが心地よくて重くなった瞼が落ちかける。
午後の一番暑くて、睡魔が襲う時間帯。
選択授業を取っていないから今日の授業は午前中で終わってしまった。
部活まではまだまだ時間はたっぷりあるからその間に復習とテスト勉強を兼ねて机に向かっていたけれど、それもすぐに集中力が切れてしまった。
きっと暑さと睡魔のせいだろう、と勝手に結論付けて休憩と称して席を立つ。
ぼんやりした頭を振るって少し歩く。
行く当てなんて初めから決めていない。気の向くままに長い廊下に足音を響かせる。
この階はすべて3年生の教室だけど、今はその殆どが空き教室になってしまっている。
毎週この曜日の午後は自由選択科目を取っていない限り、3年生は午前中で授業が終わって、各々塾やら部活やらに向けて準備をしているからだ。
ふと、別に何の気もなしに2組の教室を覗く。
誰もいないだろうと思っていた――のに。

「菅原……?」

窓際前から4番目の、たぶん自分の席であろうそこに――菅原がいた。
と言っても、机に上半身を預けて、上下に動く肩を見る限り寝ているようではあったけれど。
そっと、音を立てないように気を遣いながら菅原の前へ着席する。
小さな寝息と共に上下する肩。
癖のあるふわふわとした髪が時々窓から入ってくる風に揺られている。
無防備なその姿に小さく笑う。
笑みを浮かべて寝る彼はいったいどんな夢を見ているのだろうか。

「……し……ず」

小さく消え入りそうな声。
耳を澄ませていなければ聞き流してしまいそうになった。

「……す…………す」

最早単語にもなっていないその言葉は私の首を傾げることしかできない。
何を言っているのか気になるけれど、そもそも寝言を聞いているというのは不躾にあたる。
何も聞かなかった、見なかったことにして自分の教室に戻ろうと席を立ったその時だった。

「し、み……ず?」

名前を呼ばれた。
驚いて視線を落とすと、ぼんやりと開いた眼が私を緩やかに見上げていた。
明らかに寝惚けているのはわかりきっていることなのに、その視線がやけに真っ直ぐで目を逸らせない。

「……何、菅原」

一応返答をしてみるものの、それに対する反応はない。
また夢の中に行ってしまったのかと思い、今度こそ戻ろうと一歩を踏み出す。

「す……き」
「……!?」

今、菅原は何と言った?
す……き? 鋤? 隙? ……好き?
混乱する頭を落ち着かせるために一度深呼吸する。
相手は寝惚けているのだし、それに今のも寝言である可能性は大いにある。
それに好意を示す好きだと言ったかどうかは定かではない。
だけど、こんなにも心がざわついて仕方がない。
真意を確かめたいけれど、爆弾投下した本人は既に再びの夢の中。
起こしてまで聞きたいかと言われると、そうでもないのかもしれない。
例え起こして、聞いたとしてもそれを本人が言ったという自覚があるのかどうか。
寝惚けて言ったにしても寝言で言ったにしても、大抵そのような言葉は本人の自覚なんてないに等しい。
聞いたところで変な誤解を生みそうなのは目に見えている。
気になるけれど、誤解はされたくない。
誤解というか、聞いてしまって菅原が私のことを変に意識してしまうのが嫌だ。
引退するまではバレーにだけ目を向けて欲しい。
色恋に現をぬかすことなく、ひたすら真っ直ぐコートに立つことだけを夢見て、努力し続けて欲しい。
頑張っている、その後姿がとても好きだから。
黒板の上にかけてある時計を見れば、あと30分ほどで午後の授業も終わる時間だ。
そうしたら慌ただしくも楽しい部活が始まる。

「菅原」

そろそろ起こした方がよいだろうか。
名前を呼んで、肩を叩く。

「なに……母さん。まだ時間じゃ……!?」

相当寝惚けているらしい。
慌てて起き上がった菅原は顔を真っ赤にして目を白黒させている。

「うわ、え!? 清水!?」
「私は菅原のお母さんじゃないよ」

意地悪く言えば、菅原はごめんと手を合わせて頭を下げる。
冗談だよ、と笑えば彼は尚も複雑そうな顔で私のことを見つめてくる。
そんなにお母さんと間違えたことが恥ずかしかったのだろうか。

「あと30分で授業が終わるよ」
「ああ、そっか。もうそんな時間か……わざわざ起こしてくれたのか? ありがとうな」
「別に、通りがかっただけだから」

寝言の件は心の奥底にしまいこむ。
そっか、と返して菅原は鞄を背負う。
そういえば私は勉強をしていたのだっけ。
教室に筆記用具、教科書、ノートの一切を置いてきてしまったことを今になって思い出す。
小休憩であったはずなのに、いつの間にか長々と休んでしまった。
菅原に続いて教室を出て、自分の教室へ戻る。

「清水!」

背中に声を受けて振り返れば、菅原が人差し指を口元に当てていた。

「さっきの秘密な」

心配しなくても言いふらすつもりなんて毛頭ないのに。
苦笑しながら了承の意を示す。

「誰にも言わないよ」
「ありがとうな」

そう言うと、菅原は部室へ向かうべく階段へ、私は荷物を取りに教室へそれぞれ足を進めた。



(あっちの方は聞かれてなかったべ……?)

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