スターチス―変わらぬ誓い


少し視線を上げれば、満開の桜の花が風に揺られて、その花びらをひらひらと舞い落とす。
それを儚いと取るか、綺麗と取るかは個人の自由であるところだけれど、少なくとも俺は綺麗だと思う。
去年までの俺ならば、桜の花を見ても別段何も思わなかったかもしれない。
花屋を経営しているのにおかしな話だと言われるけれど、今まで花や鉢植えを商品として扱ってきたのだから、それを愛でるということは自分の感覚的におかしな気分になるのだと言い訳しておく。
だけどそれは隣りにいる彼女――モルジアナ殿のおかげで変わった。
彼女が見るもの、聞くものをとても新鮮に捉え、それを俺に教えてくれる。
たったそれだけのこと、と言われるかもしれないけれど、それは俺にとって新しい見識であることが多かった。
一体今までどれほどつまらない人生を送ってきたのだろう、と笑ってしまうくらい彼女と過ごして俺の生活は変わったのだ。
母親への復讐をずっと胸の内に潜めながら生きていたあの頃よりも、今の――彼女と共に歩む人生は明るく、楽しく、素晴らしい。

「白龍さん。頬の腫れまだ若干残ってますね」

隣りを歩くモルジアナ殿から声をかけられ、桜へ向けていた意識を彼女に向ける。

「そうですね……。まあしょうがないと言ってしまえばしょうがないのでしょうけど。今度からアリババ殿と酒を飲むときは少し離れて飲むことにします」
「その方がいいかもしれませんね」

ふふ、と小さく笑うと、彼女は俺の少し前を歩く。
確かに指摘された通り、俺の顔は若干ならが腫れている。
それもこれも、昨日サルージャ邸へ挨拶に行ったときに夜までどんちゃん騒ぎをした挙句、アリババ殿が酔っ払った勢いで良いパンチを喰らわせた……らしい。
殴られて気を失ってしまったから、それは後にアラジン殿に聞いた話ではあるが、あの時のアリババ殿は相当ハイテンションだったらしい。
かくいうアラジン殿も相当テンションが上がっていたように見えたけれど。
まあ、二人のテンションが高くなるのも無理はないと思う。
昨日の二人は本当に嬉しそうであった。

「モルジアナ殿。慣れないヒールでお疲れでしょう。ゆっくり行きましょう」
「大丈夫ですよ、これくらい。……それに、こういう靴にも慣れておかないと」

先を歩く彼女に気遣いの言葉を投げかけても、大丈夫の一言で済まされてしまう。
本人がそう言うのであればもう何も言わないけれど、時々ふらつくから目を離せない。
ああ、また転びそうになっているし。

「白龍さん。早く行きましょう! 気が急いて仕方がないのです」
「わかりました。わかりましたのでちゃんと前を向いて歩いてください」
「はい」

そうこうしている内に目的地へとたどり着く。
相変わらず何度見ても大きな家だと思う。
先行した彼女がチャイムを鳴らす。
ほどなくして重々しい扉がその口を開ける。

「よく来たな、上がれ」

端的に用件だけ述べて、出迎えてくれた人物――マスルール殿はこちらに背を向けて、いつぞや案内してもらった部屋へと通される。
そこにはもうお茶の準備がしてあって、来客を今か今かと待ち望んでいるようでもあった。
彼女にプロポーズをしてからずっとこの場面は乗り越えなければならないとわかっていたつもりだったけれど、いざその時になると逃げだしたい気持ちでいっぱいになる。
世の男性陣はこんな緊張とプレッシャーと戦いながらあの言葉を口にするのか……。
先人たちの偉大さに素直に感嘆しつつも、出されたお茶を一口啜る。
とてもじゃないけど味なんてわかるはずもない。
というか、その含んだお茶すらも喉を通らない。
胃がねじ切れそうだ……。

「で、大事な話とはなんだ。昨日電話で聞いた限りじゃ直接話したいと言っていたな」

マスルール殿から話を振ってくれる。
それはそれでありがたかったけれど、こちらのタイミングで切り出したかったというのが本音だった。
しかし、先に言われてしまったのでは仕方がない。
昨日からずっと心の中で復唱し続け、イメージトレーニングもばっちり――のはずだ。
大きく深呼吸をして、真っ直ぐマスルール殿の顔を見る。
大丈夫、落ち着け。
そして俺は言葉を発する。
人生でたった一度しか言わない――言うつもりのない言葉を。

「モルジアナ殿を――俺にください」



(強く、優しく、美しいあなたのことを――いつまでも愛することを誓います)












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あとがきっぽいもの。
実はこのシリーズは白龍くんに「モルジアナ殿を俺にください!」と言わせたいがためだけに始めたものです。
当初の予定ではギャグっぽく終わろうとしていたのですが、話の展開上これは真面目に終わった方がいいと判断したのでこんな感じで終わりました。

本編で辛い展開が続いてるのでパロディくらいは幸せにしたいじゃない!という自己満足からここまで続けてきましたが、案外やればできるもんだと自分でびっくりしています。
まだこのパロディで書きたい話が少しあったりするのでそれは小ネタという感じでまたちょとっと書けたらいいなあ、なんて。

最後に、ここまでお付き合いくださいまして本当にありがとうございました。

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