無意識な約束


すれ違った時に物音がした。
振り返って、今来た道筋に視線を落とせば見覚えのあるシャープペンシルが落ちている。
それを拾い上げて、落とし主の名を呼ぶ。

「道宮、落としたぞ」

声をかけられた相手――道宮は一瞬ぽかんとした後、慌ててこちらに駆けてくる。
その間にも筆箱からはカラーペンやら定規やらが零れ落ちていく。
おそらく筆箱を開けっ放しで抱えていたからだろうとは思うけど、ここまで面白いくらい筆箱の中身を落とすだなんて道宮らしくない。それを拾いつつ、落としつつの繰り返し。
どうかしたのかと問えば、何でもないよと簡潔な答え。
何でもないわけないだろう。
いつもと比べて覇気がないのがその証拠。

「な、なに? あたしの顔に何かついてる?」

言われるほど見ていたわけではないけれど、道宮はなんだか気まずそうに俺を見上げてくる。
近くで見ると尚わかる。
目の下の隈、若干の肌荒れ、覇気のない顔。

「徹夜したのか?」

俺の問いに彼女が固まる。
図星か……。大方今日の4限の選択授業で行われる小テストのために一夜漬けでもしたんだろう。
内心ため息を吐き出して、手にしていたシャープペンシルを手渡す。

「ありがとう」
「あのさ、あんまりうるさく言うつもりはないけど、一夜漬けはあんまり効果ないぞ。充分な睡眠を取っていないと肝心な時に頭が働かなくなるんだから」
「うん。わかってるんだけどね……でも、どうしても今日のテストは落としたくなくて」
「それはわかるけどさ、でも今みたく頭が朦朧とした状態は危ないからなるべくやめてくれないか」
「……ごめん」

俯く彼女。
そんな、落ち込ませたくて言ったわけじゃないのに。

「まあ、でも、今日のテストは落としたらやばいからな。道宮、後でテスト前に一緒に復習しよう。俺もちょっと不安なところがあるからさ。そんで、昼休みは何も考えずに昼寝でもして午後の部活に備えようぜ」
「え、あ……うん」

一瞬呆けて、次に頬を赤らめて、彼女は忙しく表情をころころと変える。
挙動不審もいいところだ。
やはり一夜漬けで頭がぼうっとしているせいだからか?

「じゃあ、また4限の時にな」

その言葉を最後に、次の授業が行われる教室へ止めていた足を向ける。次は確か、化学室だったか。
後ろを振り返れば、もう彼女の姿はなかったけれど代わりにまたもう一本、今度はボールペンが落ちていた。
やれやれ、と小さくため息を吐き出してそれを拾い上げて胸ポケットに押し込む。
時計を見ればあと5分で始業のチャイムが鳴る。
せっかく余裕で行けたはずの化学室までの道のりを駆ける羽目になった。



(道宮、また落としてたぞ)

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