ネコヤナギ―率直


「白龍ちゃん。プロポーズしたんですって?」

口に含んでいたお茶を盛大に吐き出して咽る俺を、義姉上はとても楽しそうに眺めている。

「な、ななななななんで知ってるんですか!?」
「あらぁ、ついに言ったのね! で、どうだったの!?」

嵌められた……。
そうだ、よく考えればあの場にはモルジアナ殿しかいなかったのだし、彼女がアリババ殿やアラジン殿にそれを話したとは考えにくい。
自分の軽率な発言を後悔しても仕方がないし、今更隠しようのないことのなのでここはもう開き直ってしまおうか。

「どうもこうも、自分の言った言葉が恥ずかしすぎてすぐに帰ってきてしまいました」
「――なっ!? ちょ、ちょっと白龍ちゃんそれはないでしょう!? 恋人にプロポーズをしたというのにその返事も聞かず飛び出してきたと言うの? 時間をもらったとかではなく?」
「はい」
「…………白龍ちゃん。ちょっといいかしら?」
「はい?」

バシン、と脳天に空手チョップを喰らう。
驚く間もなく第二撃。続けて第三撃。

「い、痛いです義姉上!」
「白龍ちゃんは大馬鹿者ね! 好きな子にプロポーズしておいて、返事も聞かず逃げ帰ってきた? それじゃあ言われたあの子の気持ちはどうなるの! 突然プロポーズされて、どうしたらいいかわからない状態だったのに、その言った相手の方が先に自分の前からいなくなってしまったのよ! 猛省しなさい! そしてあの子にちゃんと謝ってそれでもう一度、今度は逃げずにプロポーズなさい!」

今すぐ! と義姉上はテーブルを叩いてドアを指差す。
その剣幕に圧される形ですごすごと席を立った、その時――カランカランという音と共に、その人はやってきた。

「こんにちは」
「……モ、モルジアナ殿」

渦中の人物。
昨日の今日で顔を合わせずらいと思っていたのに、どうしてこうもタイミングよく来店するのだろう。
だけど、これでサージャル邸までの道中、胸騒ぎと戦わなくて済む。

「あの、」
「すみません。アリババさんが頼んでいたお花を取りに来たのですが」
「え、あっ、はい! 用意してます。少々お待ちください」

先に向こうの要件を言われてしまったので作ってあった花束を彼女に手渡す。
その際もろくに顔を見ることができず、終始俯きっぱなしだった。

「では、私はこれで」

あっさりとした言葉に何か言うべきか、引き留めるべきかと悩んでいる間に彼女はさっさと店外へ出て行ってしまう。
言葉に詰まる俺に、呆気にとられている義姉上。
ベルが鳴り終わり、ドアが完全に閉まってから弾かれたように飛び出す。

「モルジアナ殿!」

びくりと震える肩。
てっきりもう店からだいぶ歩いてしまっているのかと思って、引き留めるために叫んだのに、彼女はドアのすぐ隣で心底驚いた表情を貼り付けてこちらを見つめている。
こんなに近くにいただなんて思いも寄らなかった。

「モ、モルジアナ殿……」
「はい、何でしょうか」
「あ、あの……昨日は、その、に、逃げ出したりしてすみません……」
「そんなことを気になさっていたのですか?」

そんなこと、ですか……。
割と本気で義姉上に怒られた後に軽い口調でそんなことを言われてしまうと、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。
確かに今考えれば、プロポーズをした後その返事も聞かずに飛び出してしまったのは失礼であっただろう。
だけど、当のモルジアナ殿が気にしていないのであればこちらが気にする必要はないのではないかと考えてしまうのは、きっと逃げ出したという事実から目を背けたいからだと思う。
口を閉ざして俯く俺を心配してか、モルジアナ殿が顔を覗き込んでくる。
こういう仕草が本当にかわいくて、愛おしい。

「白龍さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。…………あの、モルジアナ殿。昨日お話ししたことなのですが」

まるでその先を言わせまいというタイミングで携帯電話のベルが鳴る。
俺のものではない。ということは――

「はい、モルジアナです」

電話先の相手はモルジアナ殿とわかっていて電話してるだろうに、わざわざ名乗るなんて律儀な人だと思うけれど、いったい電話の主は誰なのだろうか。
彼女の表情を窺えば、なんだか困ったように眉をひそませている。
どうかしたのだろうか?

「そうですか、はい。わかりました。では、アリババさんとアラジンもお気をつけて」

そう言ってモルジアナ殿は電話の電源ボタンを押して通話を切った。
アリババさんとアラジンもお気をつけて?
妙に引っかかる言葉を口にしていたけれど、あの二人に何かあったのだろうか?
手にしていた電話をポケットにしまい(今日のモルジアナ殿は珍しくポケットのついたスカートを着ている)、失礼を詫びてから彼女は衝撃の一言を発する。

「白龍さん、一週間私をここに置いてもらえませんか?」

驚きのあまり口が開いたまま、閉まらなかった。



(白龍さん、白龍さん?)

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