契機


校門前に集まる人、人、人。
そのすべてが新入生を歓迎するために集い、次から次へとやってくる一年生へビラを渡し声をかけている。
その光景に圧倒されつつも、目的地――昇降口へと人ごみを分け、隙間を見つけては歩みを進め、漸く辿り着いた頃には髪が乱れ制服も皺ができていた。
大きくため息を吐き出したところで、そっと一枚紙を差し出される。
何事かと思って差し出された方向に視線を顔ごと向ければ、そこには濃紺とオレンジのユニフォームを着た……バレー部の人だろうか。

「バレー部、マネージャー募集してるから。よかったら練習だけでも見に来てくれ」

無愛想というわけではないのだろうと思うけど、どこか固い表情のその人はバレー部勧誘のチラシを手渡したらすぐに駆けていってしまった。
その人の姿が見えなくなってから、手の中にあるそれに目を落とす。
“烏野高校排球部 練習開始時刻16時 第二体育館”
真っ白な紙に黒いサインペンでそれだけ書いてあった。
他にもらった、というか無理矢理渡された勧誘チラシと比べてみてもそのシンプルさは他の追随を許さない。だけど、何故か目を引いてしまう。
他の部活の人はきゃいきゃいわいわいしながら渡してきたけれど、あの人――あのバレー部の人だけは違った。一言二言、短く端的に用件だけ述べて去っていたことが深く印象に残った。
授業が終わったら少しだけ見に行ってみようか。
見学に行って無理矢理勧誘をしてくるようならその場で帰ってしまえばいいし。
そもそも、マネージャーの仕事が私にできるのかどうか。
中学時代は選手として3年間を過ごしてきたけれど、だからといってその経験がマネージャーとしての仕事に役立つかどうかわからない。
だけど、選手の目線を知っているからこそできる仕事というのもあるのかもしれない。
支えてもらう側から支える側になることへの気持ちの切り替え。――それが悪くないと思っているのも事実。
意外にもマネージャーになることに対して前向きな自分に驚く。
下駄箱から上履きを取り出して下足と履き替える。
昇降口の柱に掛けてある時計を見れば朝のHRまではまだ時間がある。
ゆっくり考えながら歩いても余裕だろう。
数あるチラシの中からバレー部の物を一番上に置いて、それを眺めながらHRの教室へ歩みを進めた。


*


授業が終わって、私の足はまっすぐ第二体育館へ向いていた。
その道中でもいろいろな部活の人にこれでもかと言うほど勧誘されて、また手にはたくさんのチラシの束。
内心ため息を吐き出しながらそっと体育館のドア手前にある階段へ足をかけたその時だった。

「清水さん、だよね?」

背後から声がかかり、声の主を確認するために振り返る。
そこにいた人は確かに見覚えがある。
つい先ほどまで一緒に帰りのHRを受けていたのだから。

「菅原、くん……だっけ」
「そう、菅原。菅原孝支。よく覚えてたね」
「席、後ろでしょ」
「そうだったね」

菅原くんは苦笑して、それから体育館のドアを指差す。
その指を見て、そして振り返って体育館のドアへ視線を移す。

「清水さんはバレー部の見学?」
「そうだけど」
「そっか。マネージャー希望なの?」
「まだわからないけど」

私の端的な返答に菅原くんはまた「そっか」とだけ言って、笑顔を浮かべる。

「マネージャーってさ、すごく大変な仕事だけどその分やりがいあると思うんだ。もちろん、清水さんがバレーを好きじゃないなら無理に誘ったりはしない。でも俺は清水さんがバレー部のマネージャーやってくれたらすごく嬉しい」

この言い分からして、菅原くんはバレー部に入部希望なのだろうか?
いや、この体育館に来ているということは十中八九そうなのだろう。
ちゃんとジャージに着替えてきているということは、今日から練習に参加する気なのだろうし。

「じゃあ俺、練習参加するから」

そう言って菅原くんは颯爽と追い抜いて、重い体育館のドアを開ける。
ガラガラと音を立てて開いたその先には既に上級生部員とみられる人たちが練習の準備を始めている姿が見えた。
“清水さんがバレー部のマネージャーやってくれたらすごく嬉しい”
決めかねていた心を、あと一歩前に進めたら決められそうだったところを、一押しもらった気がした。
ドアが閉められる。入るならこのタイミングしかない。
そう思ったら口が、足が勝手に動いていた。

「待って」

二段、三段しかない階段を勢いよく駆け上がって、菅原くんのジャージを掴む。
思いも寄らない行動だったのだろう。菅原くんは目を丸くして私を見つめてくる。

「見学したいから入れて」

私の言葉に菅原くんは破顔して迎え入れてくれる。
その笑顔がまた私の心を押してくれた気がした。



(烏野高校排球部マネージャー、清水潔子です)

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