::D3パラレル



季節は真夏だった。
エースは、アスファルトから揺らめく熱気に辟易した。
「あー、だってエアコン掃除中とか知らねーよ。」
誰に言うでもなく、あえて言うなら「なんでこんな暑い日に限って大学行ったんだよ」と言ったもう一人の自分に。
あまりに暑い今夏は連日35度を超え、日射病だか熱中症だかで倒れる人が続出した。エースの部屋はエアコンはついているが使っていない。掃除もしていないし、電気代はバカにならないのだ。そのかわり夏は暑いので風呂が水ですむ分食費に回せる。(それが冬だとそうもいかない・・・)とうなだれたとき、目の前に見覚えのありすぎる金髪が見えて足を止めた。
「サンジ?」
エースが心もち浮上した気持ちを抑えて声をかけると、すぐに返事が返ってきた。
「エース・・・?」
サンジがエースに気が付かなかったのは、サンジが俯いていたからだった。暑さでぺたりと張り付いた前髪がうっとうしくて下を向いていたようだった。
「どしたの?買い物?」
サンジは両手に買い物バッグを携えて、その中身には新鮮そうな野菜が目いっぱい詰まっていた。買い物バッグで身動きが取れないまま、うん、と返事を返す。
「夏はすぐ食材が傷むから、毎日買いに行ってんだ。」
うっとーしい・・・、と頭を振ってまとわりついた髪を払い落とそうとするサンジを見たとき、エースの手は自然と伸びていた。
「かなり重いじゃん、これ。こっからサンジの家、遠いよ?」
ひょい、と片方のバッグを持ち上げてしまったエースにサンジはきょとんとしたかと思うとうろたえた。
「あッ、・・・いいってエースっ」
「んー?暑くてなんもやる気しないからさあ、サンジの役に立つならやる気出るじゃない。」
我ながら無理やりな理由をつけたと思いつつ、エースはニカっと笑って見せた。
「ね、一緒に帰ろうよ。」
「・・・・うん、じゃ、よろしく。」
渋々といった感じで、でも荷物はやはり重かったのか、案外素直にうなずいたサンジと共にエースは歩き出した。
「なんでエースはあそこ歩いてたんだ?」
「あんまりにも暑いからさ、エアコンの効いた大学で涼もうと思ったんだけど、エアコン掃除中でひとっつも使えねーの。」
いやー参ったあ!とうだる暑さを思い出しため息をついた。

しばらく歩くと、サンジの住む家が見えてきた。
サンジの家は祖父がしているっていうレストランで、実際にサンジが住んでいるのはそのすぐ横にある一軒家だった。早くに亡くした両親の代わりにサンジを育ててくれたのがその祖父で、二階建ての家に二人で住んでいるらしい。
白い外壁にイタリアンな雰囲気がするレストランだが、その中身は自由な創作料理でメニューは少ないそうだ。
ぼーっとレストラン『バラティエ』を眺めていたエースは、サンジの声で我に返った。

「エース、おれ玉ねぎ、ジジイに届けてくっから、家入ってろよ!」
「へ?」
我に返ったエースの前に既にサンジの姿はなく、残されたのは、サンジに握らされた家の鍵と、おそらく玉ねぎ以外の食材が入った買い物バッグだった。

―――ガチャリ

音を立てて開いたドアの向こう側からは、いつものサンジの匂いがして、エースは頭をかきつつ入った。
「お邪魔しまァーす。」
粗相のないようにと、脱いだ靴をきちんと玄関向きに揃え部屋に入った。
どこもかしこも綺麗に整頓されていて、自分の部屋とは大違いだ。すぐにエースはリビングのダイニングテーブルに買い物バッグを置いた。二人暮らしだということは、祖父に掃除を任すわけはない。サンジが全部家事をこなしていることは容易に想像がついた。うっかりサンジのエプロン姿を想像して頭を振る。

エースが、サンジの家事をこなす姿を想像しては打ち消しため息をついているとき、またガチャリと音を立てて玄関のドアが開いた。
「なに顔赤くしてんだ?エース・・・。」
笑顔で不思議そうに見つめてくるサンジにまたもや胸をドキリとさせつつ、エースは慌ててなんでもない!と大げさに手を振ってみせた。
「ま、いーや。そんで、なに食いたい?」
買ってきた食材を片付けながら投げかけてきた言葉にエースは目を丸くした。
「え?」
「荷物持ってくれたし、お礼!・・・・あ、腹減ってねえ?」
おれ、メシ作るくれえしかお礼できねンだけど・・・と、くるりと巻いた眉を器用に下げるサンジにエースは慌てて言い繕った。
「いや!すっげー腹減ってる!けど!ちっとビックリしただけ・・・すげえ嬉しいよ。」

ある食材で作れるもんでいいよ、と付け加えた。
するとサンジは今までの困り顔を一転、ぱああ、と顔を輝かせると、ダイニングテーブルの椅子にかけてあったピンクのエプロンを身に着けて台所に立った。
あまりに似合いすぎなので、一瞬突っ込むのが遅れたが、一応聞いてみる。
「それ、どったの?」
「一週間くらい前かなあ?ジジイが買ってきてくれたんだ、似合いそうだったからって!」
ポッと頬を染めて言うサンジは可憐だが、なんだか複雑な気分を抱えてエースは「へえ、似合ってるよ」と返した。似合ってるのは本当で、本心を言っただけなのでサンジは嬉しそうにまた頬を染めていた。
サンジの祖父ゼフへの甘えっぷりと、ゼフのサンジへの溺愛っぷりはサンジの友人は全員知っているくらい周知の事実だ。

それからしばらく二人とも、無言で、サンジは楽しそうに料理をして、エースは楽しそうに料理をするサンジを見つめていた。
包丁で野菜を切る小気味いい音がする。
視線を下げて食材と向き合うサンジを盗み見るエースは自然と口角が上がっていた。
(まつげ、長い)
コボコボと音を立てて鍋から水が沸騰する音が聞こえてきた。
(汗まで綺麗なのかサンジちゃんは)
首筋を伝って鎖骨に滑り込んでいく汗がとても綺麗だった。

「できたぞー。」
サンジがそう言ってエースへ顔を向けるまでの時間が、エースには長いようにも短いようにも思えた。





to be continued. ⇒

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