::ルサン



「チョッパー!」

チョッパーがラウンジに入ってくると、すぐさまクルーが声をかけた。

「まだわかんねえ。でも、思ったよりひどくはない。」
チョッパーの言葉に、クルーは息を呑んだ。
「神経や腱は奇跡的に傷ついてないよ。でも、やっぱり、まだ詳しいことは今すぐ調べられない。」
「どのくらいだ?」
言葉尻にかぶせるようにしてゾロが言った。
「最低でも、2、3日様子を見てからでないと・・・今は相当痛むはずなんだ。サンジはいま激痛のせいで気絶してるんだと思う。」

沈黙が落ちる。
最初に口を開いたのは、ルフィだった。

「サンジ、男部屋に寝かせてんのか?」
「あ、ああ。」
先ほど顔を真っ青にさせて自分を呼びにきたときのルフィとは全く違う、怖いくらいに落ち着いているルフィにチョッパーは言葉に詰まりつつも答える。
そうか、と返事を返したルフィは静かにラウンジを出た。おそらくサンジのところへ行くのだろう。
クルーは、サンジの怪我とルフィの様子からだいたいの見当をつけていたが、口に出すことはしなかった。
「ほんと、・・・今日は最悪な一日ね。」
わずかに声を涙に震わせて呟いたナミの言葉は、木の床に染み込むようにしていつまでも残った。


「サンジ・・・。」
男部屋、床に作られた簡易ベッドで痛みに耐えて気絶するサンジは、痛ましい表情を浮かべていた。
唇からは赤い血が滲んで、肌が青白くなってしまっているのがよくわかる。
「サンジ、・・・サンジ・・・・・・。」
何度呼びかけても苦しげに息を吐くだけで、なんの反応も返さないサンジにルフィはきゅっと口を引き結び眉をひそめた。

そして次の瞬間には、ぼろぼろと涙をこぼしていた。

あのときサンジが庇わなければ、自分に当たることはルフィにもすぐ分かった。同時に、そんな状況になったのは、自分のせいでなければサンジのせいでもないことも分かった。

嗚咽をもらしかけるルフィだが、サンジを起こさぬためにこらえた。何度も口だけでサンジの名を呼ぶが、やはり返事はない。
それでも、うぐ、とわずかに声を漏らしたとき、至極小さな、だがルフィに向かってはっきりとした声が聞こえた。

「・・・・・・・・るふぃ、・・・、」

「!!サンジ・・・っ!」
一番聞きたかった声がようやく聞けたルフィは、身を乗り出してサンジの顔を覗き込む。

その様子にサンジはわずかに笑って身を震わせた。
「痛むのか!?・・・サンジ・・・・・・、」
「ん、・・・ちょ、ッとな。」
そんなのは嘘だ。絶対ものすごく痛いに決まってる。
ルフィはそう思いつつもうなずく。
「そうか、・・・チョッパーがな、シンケイとかケンは傷ついてない、って。」
「・・・・・・そ、か。」
「サンジの大事な手、おれ、・・・ごめん、ごめんな・・・・・。」
サンジは、ルフィが無事でよかった・・・と息だけで呟いた。
ルフィはそんな小さな言葉も、すべて聞き漏らすまいと、耳に神経を集中させる。
「なんか、体が勝手に動いちまってよ・・・。たいしたことねー・・・・。しばらく・・・料理、できねえくれえで、・・・オメー、泣くな、って。」
怪我をしてないほうの手でサンジがルフィの頭をなでた。
ルフィはそれにまた、う、と涙をこぼす。
「死ぬ!おれ、サンジの作る飯食えなかったら、死んじまうよ・・・。」
その言葉にサンジは一瞬目を見開いて、小さく笑った。
「・・・うん、じゃ、起きたら、食いっぱぐれた分全部で、・・・スペシャルメニュー、な?」

涙を喉の奥にごくん、と飲み込んでうなずいたルフィは、ほんのり色づいたサンジの頬へちゅ、と口づけた。
目をつむってそれを受けたサンジは、そのまま、また気絶するようにして眠りについた。けれど、今度は口元をわずかだが緩ませて安心したように眠っていた。



翌日、怪我をした左手は使えないが、右手だけで十分なほどの『スペシャルメニュー』を作るサンジがキッチンに立っていた。
横には、先ほどから手伝うと称してつまみ食いをしては蹴り飛ばされているルフィの姿もある。
「サンジ〜〜〜〜〜。」
「うっせえぞ、ルフィ。」
背中に抱き着き、ぐりぐりおでこを擦り付けてくるルフィにサンジは後ろ足で足蹴にしつつ相手をしてやる。
「な、サンジ。」
「んあ?」
「助けてくれて、ありがとな。」
「おう。」

きっと、(いや絶対)サンジは誰がピンチでも、どれだけそれを相手が望んでいなくても、昨日のように身を挺して助けるだろう。
だからルフィは、ルフィにしか言えないことを言う。

「助けてもらったとき、サンジがやべえってことしか思わなかったんだけどよ。」
「ふん?」
「実は、自分のわかんねえうちに嬉しかったんだ。」
「・・・うん?」

「サンジがおれのためだけに、すっっっ・・・げえ、大事な手を怪我してるの見て、嬉しかった。」
「で、血ィだらだら流してるサンジ見て頭真っ白になった。」
「そんでやっぱ、笑って飯作ってるサンジがいいな。」

いつの間に背を降りたのか、ルフィはポケットにしまっていたサンジの左手を手に取り、まだ痛々しく包帯が巻かれたままの手を慎重な手つきで撫でている。
「・・・ルフィ?」
ルフィの言葉に戸惑いつつ、頬をうっすら赤く染めたサンジが、料理の手を止めて振り向いた。
ルフィはようやく振り向いたサンジに満足げに笑い、まっすぐサンジの目を見て言った。サンジの瞳にルフィの姿が映り込む。

「ビー玉をはめ込んだみてえな真っ青なその目も。照れるとすぐ赤くなるほっぺたも。甘い匂いのする金色の髪も。それは全部おれのもんだから、もちろん、その傷もおれのもんだ。」

見る見るうちに赤さを増していくサンジの頬に、ルフィは昨日と同じようにちゅ、と口づけた。
近づいてきたルフィの顔に驚いたサンジが、思わず目をつむってルフィの口づけを受けると、その様子にルフィは目を丸くして見惚れた。
ルフィが離れたのを感じたサンジが目を瞬かせながら目を開く。
(すげえ、きれいだ)
昨日のサンジと今日のサンジが同一人物とは思えない。
それほど昨日のサンジは危うくて迫力があったのに、今ルフィの目の前にいるサンジは、保守的で、でも美しい。

ルフィは今一度、誓いをたてるようにしてサンジの唇へ触れるだけのキスを施した。

痛み止めで痛まぬはずの手が甘く疼いた。





end.

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