::ルサン その時、それまで一言も喋らなかったロビンが、サンジの髪を撫でながら呟いた。 「なぜサンジは泣いてるのかしら?」 え、といっせいにクルーの顔がサンジへ向けられた。 サンジはいまだ止まらない涙に溺れるようにして泣いている。 「感情が表に出るだけなら、怒ったって笑ったって、何だっていいじゃない?」 それもそうだ。 ロビンのいう至極全うな疑問に全員が黙り込んでしまったとき、サンジが身じろいだ。 「サンジ?」 ルフィがサンジの顔を覗き込む。 サンジは焦点の合わない瞳でルフィを見つめると、やがて一言だけ呟いた。 「・・・・・・ジジぃ・・・。」 ルフィが目を見開いて止まった。 「くぅ・・・っじじ、ィ、」 いったん口にしてしまえば、サンジはそれから堰を切ったように、ジジイ、と喘ぐように口にした。 「サンジ・・・、」 しらばく呆然としていたルフィがサンジの髪を撫で唇を噛み締めた。 その様子を見ていたロビンが眉を下げて言った。 「我慢していたのね。」 その言葉にナミ、ゾロ、ウソップ、チョッパー、ルフィ、全員が苦々しい表情でサンジを見つめる。 チョッパーが目に涙をためて慌てたように言う。 「サンジは、家に帰りたいのか?」 「んなわけあるかァ!っき、きっと寂しくなっただけさ・・・。」 ウソップはだんだんと声をしおれさせ、泣き続けるサンジを振り返った。 二人以外のクルーも、心の底からサンジを心配して眺めている。 もしかして本当にサンジは家に帰りたがっているのかもしれない、と現実味のある不安が麦わらの船を包んでいた。 「パティー・・・っ、カルネぇ、うっ・・・じ、ジィ・・・っ。」 サンジはバラティエのコックたちの名を呼んではひっく、と喉を震わせて泣いた。 その日の食事は、サンジが作り置いていたものをみんなで大事に食べた。 いつまでサンジが泣き続けるかも分からない。ソファに横になり、喉を震わせては苦しそうに息をして泣くサンジから目を離さないようにしてみんながラウンジで過ごした。 「泣くってすげえ体力使うことなんだ。」 というチョッパーの言葉に、みんながサンジの体を優しく摺ってやったりして出来るだけ疲れさせないように傍にいた。 夜、それぞれ毛布や掛け布団を持ち寄りラウンジに集まった。 「これでサンジ寂しくないよな?」 えっえっ、と笑ってチョッパーがサンジの横になっているソファのまわりを駆け回る。 その様子を笑って眺めつつも、クルーたちは気遣わしげな表情でサンジを見た。 「サンジくん、泣きっぱなしで寝られないかもしれないわね。」 「そうね、・・・・・・早く効き目が切れることを祈るしかないわ。」 ナミとロビンがサンジの顔を覗き込みながら顔を曇らせる。 いつもなら、「んナミすわあ〜ん!んロビンちゅわあ〜ん!」とくねくねはしゃぐサンジが、今は大粒の涙をこぼして目の焦点も合っていない。余計に胸が締め付けられる思いで、ナミとロビンは、ちゅ、とサンジの額と頬それぞれにキスを落として、床に敷いた出来合いの布団にもぐり込んだ。 チョッパーはサンジに掛けられた毛布を首元まで上げてやり、おやすみ、と言って。 ゾロはしかめっ面をしたまま、それでも優しくサンジの柔らかな髪をくしゃくしゃと撫でて。 ウソップはサンジの耳元で、早くうまい飯食わせてくれよ、と囁いて。 ルフィは、眉根を寄せてサンジを見ていた。 それぞれがサンジを思って胸を痛めた一日がやっと終わろうとしていた。 「ルフィ・・・、っ・・・。」 真夜中、ルフィは自分を呼ぶ声に反射的に起き上がった。 「・・・サンジ・・・・・・?」 ルフィは寝ていなかった。 サンジの泣き声を背に胸を痛めつつも、一晩起きていてサンジの様子を見ていようと決めたのだ。 そのサンジに呼ばれルフィは俊敏な動きでサンジの傍に駆け寄る。 サンジに一番近い場所に布団を敷いたおかげで、すぐにサンジの顔が見られる。他のクルーは起きていないようだ。 「どうした、サンジ・・・、」 サンジが泣き始めてから初めて自分の名前が呼ばれたことに少なからず安堵を感じたルフィは、サンジの顔中にキスを落として髪を撫でた。 「ルフィ・・・ッ、る、ふぃ、」 今度はひたすらルフィの名前を呼び続けるサンジに、ルフィの顔が曇った。 名前を呼ばれるたびに頷いてサンジを抱きしめる。 「サンジ、今まで我慢してたんだな。」 「あんな大切に育てられてたんだ、あれだけじゃ、泣き足りなかったよな。」 「ししし。サンジは、よく笑うし、よく怒るし、あとは泣くくらいしか残ってないよな。」 静かに語るルフィの声に、サンジは答えなかった。 ルフィはまぶたの裏でサンジとの出会いを思い出していた。 そして唐突にある考えが浮かんだ。 「サンジ、」 「・・・っう、ル、ふぃ・・・、」 「今度、バラティエに行こう。」 「る、ふぃ・・・っ?」 サンジの瞳の焦点がルフィに合った。 ルフィは真っ黒な目でサンジを見つめている。 「バラティエだ、サンジ。挨拶に行くんだ。」 「っじじい・・・。」 「そうさ、サンジ。じいさんに挨拶に行くんだ、サンジのこと。」 「バラティエ・・・?」 「絶対あのじいさん許さねえだろうなあ。」 ルフィの表情は楽しげだ。 「そしたら何回でも行こう。何回でも行って、何回でも言おう。」 「ぅん・・・?」 「好きだ、サンジ。」 「ん・・・っ、」 涙をこぼし続ける目にキスをした。 「大好きだ、サンジ。」 泣きすぎて真っ赤になった鼻の頭にキス。 「愛してる、サンジ。」 嗚咽までも飲み込んでしまうような深いキスを。 「ほんとか、・・・?ッん、ほんとに、・・っ。」 「ああ、行こう。」 ルフィが大人びた顔で微笑んだ。 「ふ、・・・っう、ル、ふぃ・・・・・・ッ。」 一瞬目を見開いて口を大きく開けたサンジが、また涙をこぼした。 ルフィは優しくサンジの背を摺ってあやした。 「おれはどんなサンジも好きだぞ。笑ったって、怒ったって、泣いたって、どんなサンジもおれが一番好きなサンジだ。」 冷気が漂う肌寒いラウンジに、思いがけず温かな空気が流れ込んだ。 (ふふ。サンジ、今度はうれし泣きみたいね。) (最初から最後までルフィが原因だったわ。・・・サンジくん、治ってよかった。) (よかったなあ〜サンジ・・・。ウソップの言ってたとおり、きっと寂しかったんだな。) (おれは感動したぞルフィ・・・!サンジのこと、大事にしろよな。) (コックの野郎、心配かけさせやがって。) クルーたちは口元だけで微笑んだ。 翌日、暖かで気持ちのよい朝、ルフィに抱きしめられるようにして眠るところを発見されたサンジが、涙目で弁解する姿があった。 「サンジ!かわいい!涙目のサンジも好きだ!」 「おれはデリカシーのないクソゴムが嫌いだコノヤロウ!」 うわあん!と羞恥に泣きじゃくるサンジを、いつまでも微笑ましく見つめる麦わら一味がいた。 end. |