::シャンサン



食料補給のためだけに下り立ったとある島。
気候は初夏。ほのかに香る花々の匂いが心を穏やかにさせる、そんな平和な島にサンジは一人向かった。
ルフィは食料の買い出しのためのこの島で食い逃げしかねないし、荷物持ちに使うゾロは迷子になる可能性が高い。ナミから仰せつかった、「大急ぎで食料調達!」を迅速かつ完璧に遂行するためには自分がつきっきりでないと食い逃げして迷惑をかけるような、迷子になるような、そんな奴ではクソの役にも立たない!とサンジは心の中で憤慨しつつ、結局自分一人で行くしかないことに肩を落とした。

「はあ・・・結局おれ一人かい。いや、ナミさんやロビンちゃんの手を煩わせるような真似はしないがな!―――――で、買うもんはーっと。」

気を取り直して、船を出る前に食料庫で確認したメモに目を落としたサンジ。

その瞬間、ぶわっと黒い風圧に押された。
「うお、っ。」
思わずメモを取り落としそうになったサンジは、それに気を取られてまわりを見るのが一瞬遅れる。と、ついで目の前が真っ黒に染まった。サンジは、突然のことに身を固くする。
「―――ッ!!」
不意打ちすぎて咄嗟に蹴りすら繰り出せなかった自分にサッと冷や汗をかいた。
が、次の瞬間にはサンジの視界は開けていた。

「サンジ!」

今度は真正面から抱きつくようにして声と共に誰かが覆いかぶさってくる。
聞こえた声は聞き覚えのある声だった。

「シャンクス?!」

今まで黒い塊のように見えていたそれは、黒いマントを羽織った赤髪。
およそ海賊には見えない(サンジも人のことは言えない)奇抜な格好だが大海賊シャンクスにサンジは出会ったのだった。




出会って真っ先に麦わら海賊団の料理人は、「買い出しに付き合え!」とシャンクスを引っ張り市場に繰り出した。
右手だけで器用に大量の食料を抱え持つシャンクスに、サンジは更に追加の荷物を載せる。容赦ないサンジにシャンクスは吹き出した。
「サンジぃ、相変わらずだなあ〜。」
昔バラティエに通い詰めてたときもこんな風に買い出し手伝わされたな、とシャンクスは更に大声で笑うと、手でサンジの頭を撫でてやれない代わりに顎と頬を使ってサンジの頭に擦り寄った。
鬱陶しそうにそれを避けようとするサンジだったが、大量の荷物を抱える右手を見て、納得のいかないような顔を浮かべながらも頭をシャンクスの頭に擦り付けた。その仕草は、甘え慣れていない雰囲気がはっきりと見て取れてシャンクスはニヤニヤと鼻の下を伸ばしてしまう。

足早に食料の調達を済ませるサンジをニコニコと、(時にはニヤニヤと)眺めつつ歩いていたシャンクスは、思い出したように、あ!と声をあげ振り向いたサンジによって足を止めた。


「なんでこんなとこに…つーか何でそんな格好してんだ?」

まったくもって今更な話である。
しかし、シャンクスもまた突っ込まれても仕方ないような格好をしていた。派手なデザインのズボンによれたシャツ、羽織った黒いマント。ただ一つ違うのは、いつも以上にそれらは汚れてところどころ穴が開いていたことだ。
「いやーまあこりゃゴタゴタがあってな。」
ふーん、と興味なさげな顔をしてシャンクスの姿を眺めているサンジ。
どうやら買い出しは終了したようだ。
荷物を抱えたままのシャンクスが、急にピシッとまっすぐ立つと咳払いをしてみせた。


ごほん。

「はは、実はな!サンジが近くにいるって聞いたからすっ飛んできた!」


―――ああ、きっとまた赤髪の船のみんなに迷惑をかけたに違いない。近くにというのも、いったいどれだけ遠くから風の噂で聞いたことやら。

昔とまったく変わっていないシャンクスにサンジはため息をついた。シャンクスは笑ったままだ。

「サンジぃ〜〜せっかく会えたってのにそんな顔しないでくれよ〜。」
再び歩き出したサンジの後を、情けない顔をしたシャンクスがついていく。
「てめー船長だろ?船のみんなの迷惑になるようなことすんな。」
うちの船長も人のこと言えないけどよ。と、サンジは思いつつ歩を進める。
ああ、早く船に戻らねえと!

市場を抜け、人気も少ない道に入ったとき、サンジはもう一度シャンクスを振り返った。

「あのさ、おれ、もう・・・、」
「サンジ。」

船に戻らないといけない、と言おうとしたサンジに、思わずたじろぐほど真面目な声でシャンクスがサンジの名を呼んだ。

歩みを止めてシャンクスを見ると、先ほどの情けない顔も、にやけた顔もしていなかった。そこにあるのはじっとサンジを見つめるシャンクスの真剣な面だけ。
その瞳には愛しさが滲み出ていた。

「しゃん、くす・・・?」
面食らったサンジはつたない響きでシャンクスの名を呼んだ。

「よかったよ、元気そうで。」

出しかけた言葉を飲み込むようにして、一度開いた口をキュッと引き結ぶ。
こめかみのあたりに熱が溜まっていくのをサンジは感じていた。

「―――・・・ん。」
うん、と口にしたはずの言葉はかすかな頷きになった。
「バラ、届いてたか?」
「・・・うん、」
「そうか、よかった・・・。」
いつの間にか、荷物を地面に下ろしたシャンクスにサンジは抱きしめられていた。
「俺の気持ちは、ずっと変わってない。これからも変わらない。」
「シャンクス、」
「これからも贈る、ずっとな。」
サンジの目の奥には、今まで何度も贈られてきた黄色のバラと赤いバラが見えた。
鼻腔をくすぐる甘やかな香りまでが漂ってくるようだ。
「シャンクス、・・・・・・・・っ、」
ぽろぽろとサンジの瞳からこぼれる涙に唇を当ててシャンクスはまた囁いた。
「ずっと好きだったし、これからも、ずっと好きだ。」


うん、うん、と必死に頷くサンジをあやしながらシャンクスは笑ってサンジにキスをした。






その後、結果としてナミの言いつけを守ることができなかったサンジは真っ青。あわわわ・・・と大急ぎで船へ帰ろうとしたのだが、シャンクスがぐずぐずと引き止めたため、帰りが遅いことを心配し探しに来たクルー一同に遭遇。大海賊であるシャンクス(麦わらクルーにとってこの辺りはあまり関係はないが)と二人、サンジは涙目、見るからにただならぬ雰囲気。
ぴしッ、という音とともに空気に亀裂が入ったのがサンジ以外の全員にわかった。
シャンクスは心の中で、あれ?と首をかしげた。それもそうだ。シャンクスの頭の中では愛しのサンジを胸に抱いて麦わら海賊団から温かい祝福を受ける情景がはっきりと浮かんでいたのだから。

この通り、お互いの気持ちが通じていても、うまくいかないのはよくあることなのだ。

サンジは一人、その場のブリザードのような空気に気づくことなく、
(遅れてごめんよナミさ〜ん…っ)
綺麗な青い瞳に涙を湛えて大量の食料をぎゅっと握りしめていた。





end.

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