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 一日の仕事を終えて帰宅した、居候先の自分の部屋。俺用にと宛がわれたその部屋に出入りするのは、当然俺だけのはずで――まあ、時々家主が入りこんでることもあるにはあるが、とりあえず出入りする人間はごく限られている。

 だから夕暮れ時のこの時間帯の俺の部屋に人がいることについては、今更驚いたりしない。驚いたりはしないが――でも、色々と思うところはあるわけだ。特にこいつが、ここにいることに関しては。

「……勘弁してくれよ」

 自室の扉を開いてすぐに飛び込んできたその光景に、俺は頭を抱えたくなった。窓辺に備え付けられた寝台を枕に、顔を伏せた人の姿。それを横目で見ながら、その人物を起こさないよう静かに扉を閉めた。それから大きくため息をつく。

 寝台の脇で眠りこけているのは、この部屋に出入りする限られた人間の内の一人。とはいっても、俺自身はあまり歓迎していない。そりゃそうだろ。こいつの置かれてる立場で、こんな所に出入りしてるなんて他に知れたら俺がやっかまれるんだから。

 やっかまれるだけなら、まだいい。だけど、変な勘違いでもされてみろよ。俺は自分の命の心配をしなきゃならなくなるかもしれない。目の前で平和に眠る人物は、そういう厄介な事情にまみれた人間だ。

 アリシア=ステラ=リーネイド。神殿都市ファルスティアを治める大司教の孫娘。聖王国ランセルの王家の傍流の血を引く、年頃のお嬢様。それが彼女の身の上だ。少なくとも平民の薬師の男の部屋で、居眠りしていていい身分ではない。絶対に、ない。

(……また縁談が舞い込んで来てるんだろうに)

 先日、アリシアのじいさんが苦笑混じりに話していたことを思い出した。本人が『まだ結婚する気はない』と豪語しているにもかかわらず、彼女に取り入ろうとする人間はなかなか後を絶たないのだそうだ。置かれている立場を考えれば、いずれ結婚をして、子をなして、この街を治めていかなければならないのに、アリシアはその手の申し入れからのらりくらりと逃げ続けている。

 困ったものだと、じいさんは俺に言った。そして、含みのある笑顔で続けたんだ。どうにかならないもんかって。けど、そんなことは。

「……俺に言われたって困るっての」

 思い出して、呟いた。一人分の寝息が聞こえるだけの静かな部屋にその声がやけに深く響いて、俺は少しばかり動揺した。それと同時に安心もした。アリシアが変わらず眠り続けていることに。


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