8 しおりを挟むしおりから読む企画TOP たとえ、それが自分の孤独を癒すためだけの詩だったとしても。それすらも誰かが好ましく思ってくれるなんてこと、考えたこともなかったから。 「だから、ありがとう」 謳うだけでは消せなかった寂しさを和らげてくれた青年に、椎菜は心からの感謝を告げる。アレスはその言葉に軽く両目を瞠って――それから、すぐに目許を和ませた。 「どういたしまして」 返ってくる何気ない言葉を聞いて、椎菜の胸に込み上げてくるのは温かな感情だ。それは昔、まだこの世界に来たばかりの頃――言葉を上手く解せず、苛立ってばかりいた椎菜に、養母が柔らかな歌声と弦の音で与えてくれたのと同じものだ。 ――綺麗な声をしてるのね。 耳に入る音の連なりを頼りにたどたどしく口ずさんでいた椎菜の詩を聞いて、そう言って彼女が褒めてくれたのはいつのことだったか。その言葉を理解できたとき、椎菜ははじめてこの世界と繋がったと思えたのだ。そのときからだ。詩は、椎菜とこの世界とを繋ぐ大切なものになった。 本当はこんなふうに褒めてもらえることではないのだと思う。ただ自分は自分の弱い心を鎮めたくて、いつも傍らにある孤独を少しでも遠ざけたくて――だから詩に縋って、音楽に身を委ねているだけだ。そうしている間は全部忘れていられる。詩の紡ぐ世界のことだけを考えて、そこに在る想いを奏でて。そうやって、周囲の人々との輪の中にいれば、少しだけ――ほんの少しだけだけど、この世界に溶け込めるような気がしたのだ。それは自分が楽になるためだけの行為であって、決して誰かに褒められるようなことではない。 けれど、それでも好きだと言ってくれる人がいる。そんな詩のあり方を認めてくれる人がいる。そんな人たちからもらった心地好い言葉を拠り所にして、椎菜はここで生き続けてきた。――そして、きっとこれからも。 こちらが戸惑ってしまうくらいに椎菜の内側に優しく響く、そんな言葉をくれた青年を見上げて。椎菜は蕾が綻ぶような笑顔を浮かべたのだった。 謳い紡ぐことで、この世界と――ここに生きる人との繋がりが深まるのであれば。 あたしはいつだって喜んで謳い続けよう。 この世界を愛する詩を。あたしが愛するすべての人に向けて。 【終】 |