2 しおりを挟むしおりから読む企画TOP ふと机に目を向けると、そこには分厚い本が二冊置かれていた。見覚えのない装丁だから、おそらくアリシアが持ってきたのだろう。新しい魔道書が手に入ると、アリシアはそれを俺に貸しに来る。自身の目立つ容貌を隠すため、変装までして。その証拠に眠るアリシアの横には茶色いかつらが無造作に放り出されていた。それを視界の端に納めつつ、俺はゆっくりと寝台に腰掛けた。その拍子にアリシアの顔が僅かに傾く。だが、彼女に起きる気配は見られなかった。眉ひとつ、ぴくりとも動かさない。 (爆睡じゃん) ひょいと覗き込んでみれば、その顔色はあまりいいとは言えなかった。元々色白だけど、更に白い。疲れているんだろうな、と思う。正式に司教の役職に就いて、じいさんを支えるようになってからは、こなす執務の量が随分と増えたようだから。 他人の部屋で寝入ってしまうほど疲労しているのに、アリシアはここに来ることをやめない。決して多くはない休憩時間を利用してやって来ては、他愛のない話をして帰っていく。そうまでして作るその時間が、アリシアにとってどういうものなのか。彼女は何も言わない。そして、俺も聞けないでいる。口にしてしまえば、聞いてしまえば、後戻り出来なくなることをお互いに知っているからだ。 「……アリシア、起きろ」 このまま寝顔を見続けていても無意味だろう。そもそも彼女は本来、この部屋に長居するべきではないのだし。じきに日も暮れる。そうすれば、今度は行方不明の聖女を探すため、リーネイド邸の使用人がここに来る。過去にもそういうことが何度かあって、そのたびに俺は居たたまれない気分になった。まさか聖女に手を出してはいないだろうな――そんな意味合いを含んだ視線を向けられて、不快にならないわけがない。だけど――それでも、俺はアリシアを突き放せない。そのくせ手を引く勇気もない。ホント嫌になるくらい中途半端だ。 「アリシア」 ともすれば沈みそうになる思考を振り切るように、俺は彼女の名前を呼んだ。細い肩に手をかけて、遠慮なく揺さぶってやる。すると。 「う……ん」 軽く眉根を寄せて、アリシアが身動いだ。伏せていた顔がこちらを向き、ゆっくりとその双眸が開かれる。 |