その手をつかまえろ! 1
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 もしもあのとき、足りないものがあったんだとしたら。

 それは貪欲に欲しいと思う、そんなキモチ。



「曽根……」

 そう久しぶりに瀬戸に呼ばれた瞬間、俺は側にいる哲の存在を忘れて、何だか泣きそうな気分になった。

 今さらながら、自覚した。

 自分がどんだけ瀬戸と話をしたかったのかを。

 だが続く言葉は俺からも、瀬戸からも出ることはなかった。もちろん、哲からも。

 哲は珍しく真面目な表情で、俺と瀬戸を見ていた。この場を立ち去るタイミングを見計らってるんだと思う、たぶん。

 瀬戸は両手の拳を握り締めたまま、立ち尽くしていた。哲から色々言われて、気持ちの整理がついたんだろう。予想してたよりずっと真っ直ぐに、俺のことを見返していた。けど、よほど驚いたんだろう。口をぱくぱくさせてはいるが、一向に声は出てこない。

 ――ホントにこれで良かったのか、藤原。

 俺はここにはいない彼女に、心中でぼやいた。思い出すのは、いつも強気なあいつの言い分。

『散々ヒトを振り回して、自分勝手に逃げ出した罰よ。少しは痛い目みてもらわないとね』

 さすがにここまで予想外に追い詰めたら、逃げようもないでしょう。そんな高らかな彼女の笑い声が聞こえてくるかのような、今の状況。

 しかし瀬戸は、それをはるかに上回るやり方で、この状況を打ち破った。

「やっぱりまだダメっ!」

「は?」

「い?」

 前触れなく再び叫んだ瀬戸は、くるりと方向転換した。俺と哲は驚いて、目をぱちくりとさせる。そんな俺たちを余所に、彼女は窓に向かって突進して。

「ごめんなさいっ!」

「っ! 待てって!」

「うそぉ……」

 止める暇(いとま)もあらばこそ。彼女はスカートを翻し、窓枠を乗り越えた。

 美術室は一階。そこから瀬戸は、校庭に飛び出したのだ。

 ぽかんと、俺たちはその姿を見送った。だってまさか、この状況で上履きのまま、短いスカートで窓枠越えて。

「逃げるか、フツー……」

 立ち尽くしたままポツリとこぼした俺に、哲がいつもの呑気な声で言った。

「いじめすぎちゃったかなー」

「お前なあ!」

 俺は哲を睨んだ。このタイミングで俺をここに呼んだのはコイツなんだから、責任がないわけじゃない。だが哲は俺の険しい視線もどこ吹く風といった様子で、ニヤニヤと笑う。

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