肆 昔話とわたし
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 物心ついたときには、見えていた世界。それが他の人が見ているものと違うと気づいたのは、わたしがまだ小さかった頃のこと。

 友達と交わす会話が成り立たなくて、困ったわたしが唯一泣きついたのは、大好きな祖母だった。

 両目いっぱいに涙を溜めて、理解されない寂しさを訴えた幼いわたしの頭を撫でながら、祖母は柔らかく微笑んだ。

 ――ソレは決して怖いだけのモノではないのだ、と。

「昔、斎木(さいき)の家にはあんたみたいによく見える目を持つ人がいてねえ……」

 だから和紗(かずさ)の目は、ご先祖さんから貰った宝物なんだ。そんな祖母の言葉を、わたしは首を横に振って否定した。

「こんな目なんか、いらないもん」

 気味が悪いと陰口を叩かれるような五感(ちから)なら、いらなかった。わたしはただ、みんなと同じ『普通』でいたいだけなのに。そうさせてくれない目も耳も、本当に疎ましくて仕方なかったんだ。だから、この力が『宝物』だなんて到底思えなくて。

 頑なに首を振り続けるわたしを、祖母は少し寂しそうに――けど、限りなく優しく見つめて言った。

「ばあちゃんの大事な人も、和紗と同じ目を持っていてね。……でも、その人は毎日楽しそうだった」

「……何で?」

 目に見える『余計なモノ』は、みんな怖くて気味の悪いものばかりじゃないか。わたしが憮然として頬を膨らませると、祖母は浮かべた笑みを深めた。そして、言ったんだ。

「他人(ひと)には見えないものが見えるってことは、他の人より沢山のことが経験できることでもある。その中には怖いことも辛いことも勿論あるけど……その分、楽しいことや嬉しいことも沢山あるんだって。その人はそう言って、笑ってたんだよ」

『見える』からこそ出会えた、かけがえのないものが沢山あったのだと。そう話す祖母の目は、いつしか鏡台の上に置いてあった箱へと向けられていて。

 その表情の持つ儚さに胸が苦しくなるのを感じたのを――今になって、ふと思い出した。

 今なら分かる。祖母の語った『その人』が誰なのか。祖母の表情が持っていた意味がどんなものだったのか。祖母が見つめていた箱が何だったのか。そして、『その人』が出会えたという『かけがえのないもの』が誰なのか。

 その事実をわたしに教えてくれた彼こそが『その人』にとって――そして、わたしにとっても、とても大切で『かけがえのない存在』なんだから。



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