間話1 宮中の花
しおりを挟むしおりから読む目次へ








 その日、アストリア王国第一将軍であるヒルベルク=トゥーラ=フォルテは複雑な胸中をもてあましながら、主君の執務室を訪れていた。

 室内に置かれた机の向こう側に、一人の少女が悠然と座っていた。その少女こそが、大陸の半分を占めるこの国を治めている年若き女王――リラ=フィリス=アストリアである。彼女は凛とした面差しを正面に向け、来客の話に耳を傾けているところだった。ヒルベルクはその様子を、扉の近くに立ったまま眺めやる。

 リラと向かい合って話をしていたのは、銀髪の壮年の男だ。ヒルベルクにとっても旧知の間柄のその人物は、先代の国王の頃から懇意にしている商人で、名をダンテ=グリフォードと言う。王都の北東に位置する港町ロキオに拠点を構え、大陸中を行き来し、様々な情報をリラに提供している――ある目的においての、協力者である。

 ダンテの話を一通り聞いたリラは満足そうにひとつ頷くと、口許に弧を描いて言った。

「では、シーナはちゃんと護衛を伴って出立したのね。良かったわ」

「ロディオの手紙によれば、最後まで渋っていたようですが……」

「魔物に狙われているのに無茶を通すほど、あの子も愚かではなかったということよ。まったくあの子ときたら、本当に強情なんだから」

 呆れた口調でそう言うと、リラは軽く苦笑してみせた。五年前に遺跡の街・リウムで出会ったという少女のことを聞き分けのない――だが一方で可愛い妹のように、リラは思っているらしい。即位してからは、すっかり周囲に見せなくなった年相応の表情を垣間見せる主君を見て、ヒルベルクはこっそりと安堵した。リラが一人で背負った物の重さを考えると、こうして彼女が笑えることが何よりも尊いことのように思えるからだ。

 ――彼女が即位してから、三年の月日が流れた。

 八年前に兄を、そして三年前に父王を亡くしているリラは、十六歳でこの国の女王となった。その年若さ故、リラが王位を継ぐことに懸念の声もあったが、彼女はそれを自身の力量で説き伏せて、粛々と国を治めている。勿論、ヒルベルクを始めとする家臣たちも懸命に補佐しているが――周囲が女王を『女王』として認め出したのは、やはりリラ自身の努力による所が大きい。



- 72 -

[*前] | [次#]






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -