1 リウムの歌姫 しおりを挟むしおりから読む目次へ その歌声が呼び起こしたものは、郷愁。 もうとうに捨ててしまったはずの思いを、身体の奥底から呼び覚ますような――そんな歌声だった。 アストリア王国の北方に位置する街、リウム。隣国との国境近くにあるこの街は、昔から宿場街として栄えていた。 王都から遠く離れているこの街が栄えているのには、それなりの理由がある。街の東にある砂漠――そこで発掘されている遺跡群を目的とする人間の出入りが多いのだ。観光客であったり、古代文明の研究者であったり――もちろん国境に近いこともあり、交易も盛んだ。それ故にリウムは年中賑やかで、この街でいちばんと名高い酒場には、毎日のように違った顔ぶれが姿を現していた。 まだ陽が沈んで間もない時間帯ではあったが、件(くだん)の酒場はいつも通りの賑わいを見せていた。街の住人も、そうでない者も分け隔てなく、平穏な時間を楽しんでいる。そして賑やかな喧騒に満たされたその一角には、一人の男が座っていた。灯りに柔らかく照らされた金茶の髪が長く伸ばされていて、襟足で無造作に結ばれている。そして、それよりも濃い色をした双眸を機嫌よく細めて、その男――ランディは酒を一口、呑んだ。 「……美味い」 思わず唸ってしまった。酒場の主人のおすすめだという、この酒。口当たりがよく、するりと呑めてしまう。馬での長旅に疲れた身体に染み渡っていくような味わいだ。これは飲み過ぎないように気をつけないと、と思いつつ、片手を瓶に伸ばし、小さな器にとくとくと注いだ。そしてまた一口、あおる。 「あー美味いっ」 「……ほどほどにしてくれ」 再び舌鼓を打っていると、ランディの目の前に座っている男が呆れたように苦言を呈した。ランディよりも少し年下の、だが落ち着いた物腰の青年だ。 「明日は依頼人との約束があるんだ。二日酔いでは仕事にならない」 「判ってるっての」 ランディは舌を出して、また瓶を傾けた。男が眉をひそめる。 「ランディ」 咎めるように呼んだ。その声に笑みを浮かべてランディは言う。 「お前は真面目すぎんだよ、アレス。酒も嗜まないなんざ、せっかくの人生、勿体ないと思わねぇのかよ」 「嗜んでないわけではないが」 男――アレスは無表情に手元のカップを引き寄せた。中には彼が注文した酒が入っている。ランディが頼んだものとは違う、ごく弱い酒だ。 「そんなもん、水と変わらねぇだろ」 からかうように言ってやると、アレスは大きく息を吐いて、顔を背けた。長身で逞しい外見とは裏腹に、アレスは酒に弱いのだ。それを指摘されて、拗ねてしまったのだろう。向けられた横顔は普段の落ち着き様からしたら、ずいぶんと子どもじみて見える。そのさまにランディはますます笑みを深めた。 |