2 予期せぬ再会
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 その日、彼女は朝から不機嫌だった。

 理由は一晩経っても、治まらなかった憤り――昨夜、絡んできた酔っ払いのせいだ。一体、あの男は何なんだ。初対面の人間相手にずけずけと。実に失礼極まりない奴だった。他の客に呼び出されたから仕方なく引き下がったが、そうでなければ叩きのめしてやったのに……と、一晩中、ぐるぐるぐるぐる考えていた。そのせいで、すっかり寝るタイミングを逃してしまったのだ。

 ああ本当に腹が立つ――と思いつつ、彼女は鏡を覗きこむ。そこに映るのは不機嫌そうに歪められた、見慣れた自分の顔だった。くしゃくしゃになった黒髪と、眠たげに細められた黒い瞳。何の変哲もないはずの色彩は、その肌の色と顔立ちのせいで、時々奇異に思われることがある。

 でもきっと元の世界では、平凡の部類に入るはずの容姿なのだ。小さい頃の記憶を掘り返してみても、特別持てはやされた覚えはないし、貶された覚えもない。だから、きっと普通。普通の――典型的な『日本人』の容姿であるはずなのに。

 ここでは、そうではないのだろう。

 あらためて気づかされて、ため息をついた。だから厭なのだ。ああやって、絡んでくる輩は。見た目が軽薄そうな感じだったから、やっぱり外見に興味を持って絡んできたのだろうし。ああ厭だ、厭だ。

 考えているうちにまた腹立たしくなってきて、勢いよくかぶりを振った。顔を洗って気持ちを切り換えよう。そう思って、水瓶から柄杓で水を汲み出す。洗面器にたっぷりと水を張って、猛然とした勢いで彼女は顔を洗った。冷たい。でも幾らかすっきりした。落ち着きを取り戻してきた思考の中で、彼女はふと思い出す。

 ――そういえば、今日は人と会う約束があったんだっけ。

 拭布で顔を拭きながら、ここ数日の記憶を遡った。確か、相手は養父の知り合いだったはず。

 だからマーサに言われたんだ――思い出して、顔をしかめた。シーナ、粗相のないようにね。身なりくらい、きちんと整えておきなさい。体面上、あなたはマグニス家の令嬢なんですから――優しいけれど、そういった礼儀作法には厳しい養母の声が蘇ってくる。

「そうは言っても……」

 彼女――椎菜(しいな)はひとりごち、鏡を見つめた。身なりを整えろということは、化粧ぐらいしておけということだろう。だけど自分でやったことなど、ほとんどないというのに。

「面倒くさいなぁ……」

 浮上しかけた気分が急速に萎んだ。窓の外に目をやれば、清々しい朝の風景が広がっている。まだ早い時間帯だから、空気も澄んでいて気持ちいいだろう。

 ――身体動かしたら、すっきりするだろうなぁ。

 思い立ち、口許に弧を描いた。そうだ。こういう憂鬱なときは、何も考えないで身体を動かすにかぎる。幸い、約束の時間までは余裕があることだし。

 椎菜は拭布を籠に放り込むと、くるりと踵を返す。そして意気揚々と自室に向かいながら、弾むような口調で言った。

「素振りしてこようっと」


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