7 剣の過去 しおりを挟むしおりから読む目次へ 現れたのがあの魔物でなかったら、もう少し上手く立ち回れたのかもしれない。一人で旅に出ると決めた以上、戦う覚悟はしていたつもりだ。その相手が魔物であっても人であっても、行く手を妨げるものであるならば、戦って排除すると心に決めていた。たとえそれが、自身の心と身体を傷つける行為であったとしても。 フォルトナを倒すまでは――フォルトナに会うまでは、絶対に立ち止まれないのだから。その思いは、今も変わらない。 だが、実際に目の前に現れたのはあの魔物だった。九年前、リウムの街を恐怖の淵へ叩き落とした――大勢の人の命を、大切な人の命を奪った魔物。今もなお、椎菜を執拗に欲しがっている、忌まわしい存在。自身の心に深い傷を穿ったそれと相対することは、椎菜にとって恐怖を呼び起こすものでしかない。九年前のあの日からずっと、あの魔物はもう消えたのだと、消したのだと思っていた。だから、あれと対峙する覚悟なんて端からしていなかったのだ。今となっては、甘かったとしか言いようがない。 先刻、現実にそれは現れた。そして、椎菜は怖れてしまった。自分のせいで、また誰かの命をあの魔物に奪われてしまうことを。結果、取り乱して意識を失い――この有り様だ。そのせいで、もう既にごまかしようのないところまで、アレスたちを巻き込みかけている。 失うのは厭だった。それがたとえ、ほんの僅かな関わりを持っただけの人が相手であっても。自分のせいで失われるものがあるのは、絶対に厭だった。だから、一人で行こうと思っていたのだ。それなのに、椎菜は今になって悟ってしまった。それがどんなに無謀な考えであるのかを。再びあの魔物とまみえたとして、自分一人で退けることは出来ないだろう。過去と今に重なる恐怖に心を乱されて、また自分を見失ってしまうだろうから。 ――無理、なのだ。過去の傷を癒せないままの自分では、あの魔物とまともに対峙することは不可能に近い。だが、それでも椎菜は行かなくてはならない。王命を――リラの依頼を果たすため、フォルトナの元へ行かなければ。それを確実に行うためには、アレスとランディの二人に同行してもらうのが、多分最良の選択だ。再三、ロディオが説得してくれたように。それは十分、理解しているけれど。それでも、やはり厭だった。自分の目的のために、誰かを犠牲にしてしまうかもしれない。――そんな可能性が少しでもあるのなら、誰の手も借りたくはない。 だけど――と、椎菜は同時に思った。もしかしたら、彼らのほうから依頼を破棄してくるかもしれないと。いくら王命とはいえ、こんな得体の知れない力を持った娘と同行しなければならないのだ。持ち主である椎菜ですら、それが何なのか判らずに持て余している大きな力。そんなものに好きこのんで関わろうとする人間も、そうはいないだろう。先刻も下手をすれば、彼らは巻き込まれていたかもしれない。あの力に巻き込まれて、消えていたかもしれないのだから。 |