7 剣の過去
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「大丈夫よ」

 気遣うようにマーサが笑う。

「彼らは二人とも無事。誰も巻き込んではいないわ」

「そ、か……」

 ほっとした。けれど、その反面で椎菜は顔をしかめる。

 ――知られてしまった。

“フォルトナの剣”とは違う。キクルスを源にするものとも違う、椎菜の力。椎菜自身ですらそれが何であるのか、よく判っていない――けれど確実に忌避されるであろう、その能力を。

 出来ることなら、誰にも知られたくなかった。誰とも、深く関わらないでいたかった。そのまま一人、フォルトナと対峙して役割を果たせれば――それで良かったのだ。

 関わりを持ってしまえば、いずれ気付かれてしまう。椎菜がこの世界に於いて、異質な存在であることに。キクルスを持たない代わりに、得体のしれない力を持っていること――それを疑問に思われてしまえば、ある程度、自分の過去を説明しなければならない。そして、その行為は椎菜に現実を突きつけるのだ。どんなにこの世界に馴染もうと努力しても、馴染めない。ロディオたちがどんなに暖かな居場所を用意してくれても、そこを自分の――本来の居場所だと認められない現実。



 ここは、自分がいるべき場所ではないのだという現実を。――けれど、何処へも帰れはしないのだという現実を。



 胸に渦巻く重苦しい思いを吐き出すように、椎菜は深く息をついた。握りしめたままの手は、ひどく冷たい。あまりの冷たさに、何だか泣き出しそうな気分になる。実際は顔を歪めるのが精一杯で、涙を流すことなど出来ないのだけど。

「……シーナ」

 躊躇うような声が聞こえた。顔を向ければ、気遣わしげな表情のマーサと目が合う。椎菜は僅かに首を傾けた。マーサが静かに口を開く。

「お二人が、あなたの力について話を聞きたがっているわ」

 告げられた言葉は予想の範囲内のことだった。椎菜は目を伏せる。

「――そう」

「ロディオはあなたの意思を尊重するそうよ」

「うん……」

 頷きながら、椎菜は思考を廻らせた。アレスとランディは椎菜の“あの力”の発現を、はっきりと目の当たりにした。だから疑問を抱くのは、当然のことだ。ましてやランディは最初、椎菜に対して何かしらの疑念を持っていたように思える。一度は上手くごまかせたが、二度目は通用しないだろう。軽薄な態度とは裏腹に、ずいぶんと頭が回るようであったし。

 そこまで考えて、思い出した。ずっと不思議に思っていたこと。“剣”の護衛に選ばれたのが、何故彼らだったのか。彼らは一体、何者なのか。正直な話、気になって仕方がない。特にアレスが自分に向ける、『好意』の源については。

 けれど、それらを知ってしまったら、もう致命的なような気がした。知ることで彼らと関わることを選んでしまえば、もう後戻りは出来ない。彼らの――『護衛』の同行を拒むことが出来なくなってしまう。ただでさえ皆に反対されていた状況の中で、椎菜が魔物に狙われていることが判ってしまったのだ。ロディオは何としてでも、椎菜に彼らを付けようとするだろう。



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