7 剣の過去 しおりを挟むしおりから読む目次へ ――ごめん。 押し殺した声で、誰かが呟いた。 ――何も、……誰も守れなかった。 伝わってくるのは、深い深い後悔の念。それは椎菜の心の中に、波紋のように広がっていく。 ――どうして? 白く途切れそうになる意識の中で、椎菜は問いかける。どうしてあなたが謝るの? あなたは悪くなんかないのに。悪いのは、寧ろ――。 ――あたしの、せい。 守られるばかりで、駄々をこねることしか知らなかった自分のせいなのに。倒れた椎菜を抱きかかえている誰かは、何度も何度も謝るのだ。 椎菜を傷つけてしまったと。 心に重荷を負わせてしまったと。 ――違うから。 もどかしい思いで告げる。繰り返される謝罪の言葉を打ち消すように。 ――だから、 だから、どうぞ声をあげて泣いて下さい。そんなふうに自分を責めて、哀しみを閉じ込めてしまわないで。 けれど、その言葉は届かない。すぐ側にいる誰かは、ただひたすらに謝るだけだ。自身の哀しみを押し隠して、椎菜の心を気遣って。 そうして――この人が受けた傷は一体、何処へ消えるというのだろう。 身体を包みこむ腕の温もりを感じながら、椎菜の意識は更に深くに沈みこんでいった――。 * * * 「う……」 自分のうめき声で、椎菜の意識は浮上した。ゆっくりと瞼を持ち上げてみる。ぼやけた視界に見えたのは見慣れた天井。それだけで椎菜は自分が今、自室のベッドにいることを理解した。 「シーナ」 傍らから声がかかった。よく知った女性の声。椎菜はぎこちない動きで、そちらに顔を向ける。そして、小さく口を開いた。 「マーサ……」 予想以上に掠れて出た声に、顔をしかめる。ひどい声だ。水が飲みたい。すぐに身体を起こそうとして目眩に襲われた。眉間に皺が寄る。 ――九年前と、おんなじ。 身に覚えのある倦怠感にため息をつき、椎菜は少しずつ身体を動かした。マーサが手を貸してくれる。椎菜は小さく「ありがとう」と呟いて、のろのろと面を上げた。 憔悴した表情の養母と、目が合った。 目が合って、マーサは微かな笑みを浮かべた。それから水の入ったコップを差し出してくる。椎菜は黙ったまま、それを受け取って―― 一息に飲み干した。 そして、訊ねる。 「……あたし、どのくらい眠ってた?」 「丸一日ね。……どこか、痛むところは?」 逆に訊き返されて、椎菜はふるふるとかぶりを振った。痛みはない。ただひたすら、だるいだけだ。まるで全身の力を放出しつくしたみたいに。 空のコップを手渡してから、椎菜は再び問い掛ける。 「みんな、は?」 あのとき――椎菜を庇ったアレスが魔物に襲われた。椎菜の記憶は、そこで途切れている。 彼は無事だろうか。――巻き込んで、いないだろうか。 脳裏を過った可能性に、身体が震えた。表情も強ばる。のし掛かってくる不安を堪えようと、シーナは自身の胸元をぎゅっと掴んだ。その手すらも、小さく震えている。そこにマーサの手が重なった。 |