4 襲来 しおりを挟むしおりから読む目次へ 「あなたがどんな思いを抱えていようと、“剣”の責を担った以上、あなたは『守られる側』の人間だ。魔物を呼ぶフォルトナを、唯一滅ぼせる存在なんだ! そんな人間を残していけるわけがないだろう!」 「……っ」 「金を積まれて雇われなくたって、この国に暮らす人間だったら誰だってあなたを守る。“剣”は、そういう存在だ。そんなことも知らないで、“剣”の役目を引き受けたっていうのか?……馬鹿を言うな!」 強く殴られたような気がした。頭の中が、がんがんする。ひどく辛辣な言葉をぶつけられて、反論もできなくて、椎菜は唇を噛み締めた。 同じことを、何度も言われてきた。ロディオにも、マーサにも、そして椎菜に命を下した親友にも。その度に椎菜は反論して、駄々をこねて、彼らを困らせてきた。今だって、そうだ。 だけど――アレスの言葉は、誰に言われるより痛かった。理由なんて知らない。でも彼の苛立った声が、こちらを見る瞳の色が、全身を突き刺してくるようで、痛い。息をするのも、苦痛なほどに。 どうして、と椎菜は思う。どうして、この人はまだ会って間もないあたしに、こんな痛々しい目を向けてくるんだろう? 剥き出しの感情を、ぶつけてくるんだろう? 居たたまれなくて、先に顔を背けたのはやはり椎菜のほうだった。言うべき言葉も、言いたい言葉も見つからない。椎菜は両手を強く握りこんだ。爪が食い込むくらいに、ぎゅっと。 ややあって、アレスが身動ぎした。剣を構え直したようだ。気配だけで感じていると、先程より凪いだ彼の声が降ってきた。 「……行ってくれ」 アレスは静かに告げた。 「時間がない。俺だって、犬死にはしたくないんだ。――頼む」 懇願するような口調で言われて、椎菜は仕方なく頷いた。時間がないのは本当なのだろう。これ以上、話をするのは無意味だ。彼を一人残して行くのは、本当に厭だけど。でも、これ以上食い下がっても、彼を怒らせることにしかならない。 椎菜はきつく唇を噛んだ。そして屋敷へ戻るため、街のほうへ身を翻そうとして――動きを止めた。否、止めざるをえなかった。 “穴”の中から、聞こえてきた声に。 『……行かせはしない』 そう言って、それは“穴”から出てきた。真っ黒な、毛むくじゃらの、大きな獣。見た目が近いのは狼だろうが――でも、それは狼よりもひどく醜悪な姿をしていた。魔物、だ。目にしているだけで、全身に寒気が走る。本能的に恐怖を呼び覚ますような、その姿。 その姿に、椎菜は見覚えがあった。 ――あれ、は……っ! 思い出したと同時に、奥歯ががちがちと鳴り始めた。怖い、怖い、怖い、怖い――! その感情だけが、身体中を駆け巡る。 |