4 襲来
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 墓地を挟んで向こう側の風景が、ぐにゃりと歪むのが見えた。歪んだ空間の中心に、黒い点のようなものも。それはみるみるうちに広がって、ぽっかりとした、大きな、“穴”になった。中はただ暗いだけで、何も見えない。

「な、に……?」

 乾いた声で椎菜が問うと、アレスが剣を抜く気配がした。彼はすぐさま、椎菜を庇うように前に出てくる。

「アレス?」

「“炎”は使えるか?」

 椎菜の問いを無視して、アレスが鋭く囁く。それに一瞬息を飲んで――椎菜は首を横に振った。

「あたしは使えない。ロディオがそうだ」

 この世界の人間でない椎菜に“炎”は扱えない。それだけじゃない、他の力だって無理だ。椎菜にはキクルスがない。この世界に生を受けた者すべてに与えられるという魔石を、椎菜は持っていないのだから。

 椎菜の答えを聞いて、アレスは彼女を一瞥した。そして再び“穴”に視線を戻して、声をひそめる。

「俺は“風”だ――分が悪いな。ここから屋敷まで、あなたの足でどのくらい掛かる?」

「五分もかからないと思うけど……一体、何だっていうんだ? あなたは、あれが何なのか、知ってるのか?」

 その問いに、アレスが即答した。

「あれは魔物が通り抜けてくる、穴だ。何度か見たことがある――知らないのか?」

「知らない……だって、」

 九年前、奴等が現れたのは遺跡の奥だ。椎菜が足を踏み入れたことのない場所からだった。記憶が混乱してるとかいう以前に、現場を見た覚えはない。

 椎菜の答えにアレスは「そうか」と呟くと、それ以上問うことをせず、早口で続けた。

「“穴”が完全に繋がるまで、まだ時間がある。ロディオ殿が“炎使い”なんだな? ランディも“炎”が使える。急いで二人を……いや、街にいる“炎使い”を集めて来てくれ」

「あなたは?」

 硬い声で椎菜は訊ねた。“穴”を見据えているアレスの横顔を食い入るように見つめる。アレスはちらりと目線だけを寄越して言った。

「“穴”が開いた以上、魔物が出てくるのは避けられない。俺が時間を稼ぐ。だから、」

「そんなの無茶だ!」

 アレスの声を遮るようにして、椎菜は叫んだ。掴みがからんばかりの勢いで言い募る。

「あなたは“風”なんだろう!? “風”だけじゃ、魔物は倒せない!」

 魔物は、火を怖れる。だから奴らと対するときには“炎”を使える者の存在が不可欠なのだ。指摘して、椎菜は表情を険しくさせた。だが、アレスの反応はにべもない。

「だから“炎使い”を呼べと言ってるんだ。五分……往復で10分ないな。そのくらいなら、何とか持ちこたえられる」

「何もあなたが残らなくても、」

 ――あたしが残る。そう言いかけた椎菜を、アレスは睨みつけた。驚いて、口をつぐむ。すると彼は。

「あなたは“フォルトナの剣”だろう!」

 怒鳴った。空気がびりびりと震えた。いきなりの剣幕に、椎菜は身を竦ませる。そんな彼女に構うことなく、アレスは言い放った。



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