4 襲来
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 リウムの街外れには墓地がある。九年前の魔物の襲撃で亡くなった人たちを、弔ったものだ。そうは言っても、凄惨の一言に尽きた現場から発見された遺体のほとんどは、身元の確認もままならなくて、誰が何処に眠っているのかは判らない状態だが。

 でも、椎菜は覚えている。あの日、一緒に馬車に乗った学者のおじさんを。砂埃にまみれた顔で、見つけた発掘物の説明をしてくれた若者を。発掘隊の食事の世話をしていた、豪快に笑うおばさんを。魔物から逃げ惑う椎菜たちを庇って、その場に残った剣士たちのことを。

 そして――ロディオとはぐれた自分を最期まで守ってくれた師匠のことも。

「……グレイ」

 墓標代わりに突き立てられた古びた剣。その前に佇んで、椎菜は呟いた。乾いた風が頬を撫でる。長い髪がさらさらとなびいた。それを押さえて、不意に椎菜は顔を歪めた。

 涙は出なかった。――九年前の、あの日から。

 赤い、紅い色が脳裏を過る。悲鳴と、怒号とが飛び交う中、養父とはぐれてしまった椎菜は必死に逃げた。縺れそうになる足を叱咤しながら、歯を喰いしばって。その傍らで剣を振るい続けていたのが、グレイ。養父の友人で、椎菜の剣の師でもあったグレイ=ランダールだった。

 大好きだった。――大きくて、温かくて、力強くて。ロディオも自分を大事に育ててくれたけれど、それでも多分、自分は養父よりグレイによく懐いていたと思う。ロディオの穏やか笑顔より、グレイの豪快な笑い声のほうが、父に似ていたからだろう。頭を撫でてくれる分厚い手のひらが、父のものとそっくりだったからだと思う。

 グレイに剣を師事したのは、リウムが襲われる一年と少し前のこと――椎菜がこのヒマエラ大陸と呼ばれる場所に『飛ばされて』、一年も経っていない頃の話だ。言葉の通じない、習慣さえ違うこの世界で、ようやく生きていけるかもしれないと思い始めた矢先のことだった。

 教えは厳しかったが、でも優しい人だった。それまで剣なんて握ったことのなかった椎菜に、根気強く教えてくれた。彼に褒められるのが、何より嬉しかった。開けっ広げな笑顔が、大きな手で乱暴に頭を撫でられるのが、本当に大好きだったのだ。それなのに。

 それなのに、グレイは死んでしまった。椎菜を魔物から逃がすために。グレイだけじゃない。あの日、亡くなった人たちは、みんな椎菜のせいで死んだのだ。椎菜が“剣”としての力に目覚めるのが、遅かったから。もっと早く目覚めていれば、もっと早くに力を使えるようになっていれば――そう思うのに。思って、いるのに。



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