※走り抜け〜10年後



風邪を引いてしまった。
昔から前向きなのと、滅多に風邪を引かない健康体だけが取り柄だったのに、私の場合は一度風邪を引くと熱は上がるしなかなか治らないしでこれがまた厄介だ。
その原因というのが昨日雪が降っている中エレンとミカサと後輩たちを数人交えて雪合戦したからで、完全に自業自得。
しばらく休みたい旨を団長であるジャンに報告しに行くと何で風邪なんか引いたと原因を聞かれたので渋々答えると、お前は本当にアホだなと返された。言い返せない。
ちなみに風邪を引いたのはどうやら私だけらしい。
エレンとミカサはともかく、後輩たちもなかなかタフだ。

自室でおとなしく寝ているとコンコンと扉がノックされる音が響いた。
掠れた声でどうぞと返すとアルミンが扉の向こうから心配した表情で部屋に入って来た。

「大丈夫?」
「だいじょうぶー」
「…あんまり大丈夫そうじゃないね」

額にひんやりしたアルミンの骨張った手が触れた。冷たくて気持ちがいい。

「結構熱いね。だから昨日、風邪引くから程々にって言ったのに」
「面目ない…」

雪合戦をして風邪を引くなんて子供か。いい年した大の大人が雪合戦で風邪。
アルミンとジャンが呆れるのもよく分かる。反省してます。

「アルミン、ここにいたら移るよ。私は大丈夫。寝てたら治るから」
「そうは言ってもナマエの風邪は昔からなかなか治りにくいじゃないか。遠慮しないでおとなしく看病されてよ」

優しい表情で微笑みながらそう言ったアルミンは、持ってきてくれたらしい水差しをサイドテーブルに置いた。

「水分はたくさん摂らなきゃ駄目だよ」
「うん」
「それと後で軽く食べられる物を持ってくるよ」
「あんまり食べたくない…」
「薬も飲まなきゃいけないしちょっとでも食べないと」
「アルミンが作ってくれるの?」
「ナマエのお望みとあらば」
「じゃあ食べる」

渋々と言った感じでちょっと口を尖らせながら言うとアルミンは穏やかにくすくす笑った。
あんまり美味しくないかもしれないよ、と謙遜していたけれどアルミンの作るご飯はとっても美味しくて優しい味がするのを知ってる。

「他に何か欲しいものはある?」
「ちょっと寒いかも」
「じゃあ後で毛布をもう一枚持ってくるよ。他は?」
「うーんと……あ!はい!アルミンの愛が欲しい」
「……」
「…なんちゃって」
「いつも散々あげてるのに?」
「……足りない」

風邪を引くとなんとなく寂しい気分になるっていうのはどうやら昔からのお決まりみたい。
今日くらいはわがままを言ってみてもいいかなと思って、毛布から半分だけ顔を覗かせて訴えてみる。
わりといつもわがままを言っているような気もするけれどそれはまぁ、ご愛嬌ってことにしとこうか。

「しょうがないなぁ」

眉を下げながらふわりと微笑んだアルミンの顔が近付いてくるのをじっと眺めていると、額に暖かい唇が触れた。
熱い額がさらに熱くなったような気がする。

「ゆっくり寝てるんだよ」

返事の代わりに小さく頷くと、水で濡らした冷たいタオルを額に乗せて私の頭をひとつ撫でてから、アルミンは部屋を静かに出て行った。
半分まどろみながらその背を見送って、私の意識も自然と夢の中へと落ちていった。



********************



どのくらい寝ていたんだろう。
窓の外はまだ明るいからあまり時間が経っていないようにも思える。
眠る前はあれだけ怠かった身体も、今は随分楽になっていた。
身体を起こしてもう一度窓の外を見てみると、宿舎の裏側だからかまだ誰にも侵略されていない、真っ白な雪に覆われた景色が目に入る。
昔から、例え風邪を引いていようと部屋でじっとしているのが苦手なものだからうずうずしてしまう。
身体はまだ熱いけれど寝たら少し元気になってきたしちょっとだけ外の冷たい空気を吸いに行こう、ついでにあの白い地面に足跡をつけちゃおうと少しうきうきしながらベッドから立ち上がり椅子に掛けておいたカーディガンを羽織ったところで、部屋の扉が突然開いた。
思わずぎくりと固まってそちらに目を向ける。

「あれ?まだ寝てると思ったのに」

片手に毛布、片手にスープ皿を持ったアルミンが私を見て少し驚いたように目を丸くして立っていた。

「…い、今目が覚めたの」
「それで、どこに行こうとしてたの?」
「えーっと…元気になってきたしちょっと外の空気でも吸いに行こうかなーなんて…」
「駄目だよ、ナマエは病人なんだから。治るものも治らないよ」
「う……」

正論なので何も言えない。
アルミンのことだから私の思惑も多分お見通しなんだろう。
はぁ、と一つ溜め息を吐いたアルミンは、スープ皿をテーブルに置いてから持って来てくれたらしい毛布を自分の身体に巻き付けてそのまま私も一緒に巻き込んだ。

「つかまえた」
「!?」

突然正面からぎゅうっと抱きしめられてアルミンの胸元に鼻がぶつかる。

「これで逃げられないよ」
「うぅ……」
「ほら、まだ身体もこんなに熱いじゃないか」
「……アルミンのせいじゃないかな」

抱きしめられながら一緒の毛布にくるまっているこの状況はなかなか恥ずかしい。
息苦しくなってきたのでもぞもぞと顔を上げると、冬の澄み切った空みたいな青い瞳と目が合った。

「顔も赤いよ?」
「…アルミンのせいだってば」

これは絶対分かってやってるし言ってる。とんだ策士だ。

「ふふ、拗ねてるの?そんな顔しないでよ。スープ食べる?」
「…食べる」
「じゃあおとなしくベッドに戻って」
「はぁい」

少し名残惜しかったけれどアルミンの体温と毛布の暖かさから抜け出てのろのろとベッドに戻る。
それを確認したアルミンは二人分を包んでいた毛布を肩にかけてくれて、テーブルに置いたスープ皿を再び持ってベッド脇の椅子に座った。
その様子を見守りつつわくわくしながらあーんと口を開けると、アルミンは眉を下げて苦笑した。

「外に行こうとする元気があるのに甘えんぼなんだから」
「だって風邪引いた時に食べさせてもらうのってお決まりのパターンってやつでしょ?」

はいはいと笑ってから差し出されたスプーンにぱくりと食い付く。
いつも食べている質素なものと何ら変わりはしない、豆と野菜が入った普通のスープだけれど、アルミンが作ったとなるとそれだけで特別なもののように感じる。
あったかくて、優しい味が体にじんわり染み込む。

「おいしい」
「それは良かった」

最後まで完食して、ご馳走さまを言えばお粗末様でしたと返ってきた。
アルミンの作った美味しいスープを食べて満足した後は、あれだ、苦くてまずい薬が待っているのかと思うと途端に気分が沈んで来た。まさに天国と地獄。

「じゃああとはこの薬だね」
「ぐ……」
「その顔…。嫌なのはわかるけど」

薬は昔から嫌いだ。全然おいしくないから。
だけど受け取った粉薬を睨み付けていたってどうしようもないから、意を決して口の中に流し込み急いで水を含んでからごくんと勢い良く飲み込む。

「ぶはー。うぇー苦い」
「えらいえらい。よく出来ました」

そう言って頭を優しく撫でられただけで機嫌が良くなってしまう辺り、私が単純なのかアルミンが私の扱いを熟知しているのか。
それともそのどっちもか。

「何て言うかさ、風邪ってちょっといいかも」
「何で?」
「だって思う存分アルミンに甘えられるもん」
「まったくもう…。僕から言わせてもらえばナマエはいつも甘え放題だと思うけどなぁ」
「そうかな?」
「この前だってジャンにナマエを甘やかしすぎだって怒られたしさ」
「改善しなきゃって思ってる?」
「どうかな。実を言うとあんまり思ってないかも」

顔を見合わせてくすくすと笑い合う。
もしもジャンがこんなのろけた場面を見たらお前らいい加減にしろなんて言って怒るかもしれない。
早く治さなきゃとは思うけど、今日ぐらいは風邪っぴきの特権を使って思う存分甘えちゃうことにしよう。



わたしだけの特効薬
君を甘やかし放題な僕も結講重症






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