就寝前の自由時間、今日の講義でわからない所があったから教えてほしいとナマエに頼まれた。
わざわざ男子寮にやって来て、扉から少しだけ顔を覗かせて僕を呼ぶナマエに心臓がどくどくと鼓動を速めたような感覚。
必死に何でもないフリをして、ちょっと行ってくる、と近くにいたエレンに告げて二人並んで静かな図書室にやって来た。

「ごめんねアルミン。ゆっくりしてたところにいきなり押し掛けちゃって」
「ううん、それは大丈夫だけど。僕で良かったの?」
「うん。最初はミカサかアニに聞こうと思ったんだけど、ミカサはもう眠そうだったしアニは姿が見えなくて」
「そっか。ナマエは勉強熱心だね」
「アルミン程じゃないよ。わからない部分をわからないままにしとくのって、なんだかもやもやしちゃって」

眉を下げてナマエが小さく笑う。
それにつられて僕も同じような表情で曖昧に笑った。
教えるのが問題なわけじゃない。
相手がナマエだということが問題で。

ナマエはお風呂に入った後なのか、なんていうか、その、すごく良い匂いがした。
訓練兵は皆同じ石鹸を使っているはずなのに、なんだかとても甘い香りな気がするのは気のせいなのかな。
ちょっとどきどきしていると、ナマエがにこにこしながら隣りに座る僕を見た。

「アルミンお風呂入った?良い匂いがするね」
「え!?」
「私、石鹸の匂いって大好きなんだ」
「えっ、えっと、ナマエの方が良い匂いだよ!…じゃなくて!いや、そうなんだけど…ごめん。今の忘れて」

今まさに考えていたことを話題に出されたものだから慌てて変なことを口走ってしまった。
自分でも顔が熱くなるのがわかる。恥ずかしい。
あたふたしているとナマエがぷっと吹き出してくすくす笑った。

「こんなに慌ててるアルミンなんて珍しいもの見ちゃった」

ナマエは大して気にした様子もなく楽しそうに笑っている。
その表情をぼんやりと眺めながら、意識されてないのって結構つらいなぁなんて思ってしまった。
別に特別何かを求めてるわけでもなくて、こうして隣りにいるだけで満足なのに。

「それじゃ、よろしくお願いします。アルミン先生」
「なんだかくすぐったいなぁ」
「いいじゃない。似合うよ」

また楽しそうにナマエが笑う。
ナマエはよく笑うと思う。
訓練に明け暮れる日々の中でつい目で追ってしまうことを抜きにしても、ナマエはいつも笑っている気がする。
笑っているナマエの表情は朗らかで、楽しそうで、それから……とても可愛くて、なんだかこっちまで元気が出てくるような、不思議な笑顔で。
厳しい訓練生活に不釣り合いなその表情を見ることはある意味で毎日の癒しみたいになっている気がする。
そんな彼女の笑顔を見ているうちに彼女自身がだんだん好きになってしまったのかもしれない。
伝える勇気なんて、今の所は持ち合わせていないけど。



********************



ナマエがわからなかったらしい部分の解き方を最初からじっくり教えると、ナマエはふんふんと真面目に聞いた後すらすらと問題を解き始めた。
僕の説明はわかりやすい、と言ってくれて少し舞い上がる。
こんな僕でもナマエの役に立てるのは素直に嬉しい。

そんな居心地の良さを感じる傍らで、ある種の居た堪れなさも感じていた。
真剣な表情で教本とにらめっこしているナマエは邪魔なのか、それほど長くはない髪を一つにまとめて高い位置で結んでいる。
いつもは結んでいないから、普段見えない耳とかうなじがあらわになっていてなんだか気が気じゃない。
僕も教本を眺めてはいるものの意識はどうしてもそちらに向いてしまって落ち着かない。
おまけに石鹸の匂いが時々ふわりと鼻をくすぐるからまるで試されているみたいだ。

「アルミン?」

ぼーっとしながら隣りのナマエを眺めていると不意にナマエが教本から顔を上げて僕に視線を移したので少し驚く。

「あ、な、なに?」
「これ、一応やってみたから答え合わせしてくれる?」
「うん、わかった」

ナマエは飲み込みが早い方みたいで解き方を理解するとあとはもうすんなりと分からなかった部分を解いていた。

「どうかな?」
「うん、合ってるよ」
「良かった!アルミンの教え方、すごく丁寧だからわかりやすかったよ」
「そんな、大したことしてないよ」
「本当だって。もし良かったらまた聞きに来てもいいかな?」
「う、うん。僕なんかで良ければ」
「ありがとう!それにね、アルミンと話すの、とっても楽しいからもっと仲良くなれたら嬉しいなぁ」
「えっ」
「…ダメ…かな…」

頬をほんのり染めて、少し不安そうに上目遣いで僕を見上げる仕草にくらりと目眩を覚えるような感覚。
そんな表情で、そんなことを言われたら嫌でも期待してしまう。
深い意味はないのはわかってるけど。

「…あ、あの、ごめんね、私の都合ばっかりで…」

僕が何も言わないからか、少し焦った様子で両方の掌を向けてぶんぶん振っている。

「もし迷惑だったら言ってね!またわからない所があったらミカサとかアニに聞くから!今日みたいに聞けそうになかったら、えーと…マルコとかに聞くから、大丈夫」
「…マルコ?」

確かにマルコは座学の成績も良いし教え方も上手いし、適任だと思う。
だけど僕のこの役割が他の人に代わるのは嫌だと思った。
お風呂上がりのナマエの隣りに他の人がいるのは嫌だし、いつもと違う髪型のナマエを他の人が見るのも嫌だ。
何でだろう。僕ってこんなに嫉妬深かったのかな。

「…迷惑なんかじゃないよ。むしろ他の人には聞かないでほしいかな…」
「…?どうして?」
「ただの僕のわがままだよ」
「それって、どういう…」
「ナマエが好きなんだ」

言ってしまった。
顔に熱が集まっているのが自分でもわかる。
ナマエは目をまんまるにして心底びっくりしたように僕を見た。
ナマエから見た今の僕は真っ赤になっているんだろう。
言うつもりなんてなかったのに勢いで告げてしまった突然の告白は自分自身でも予想外だった。
だけどいつまでもぐずぐずしてナマエが他の人のものになってしまうのはもっと嫌だと思ってしまったから。

「……それ、本当?」
「う、うん……」

恥ずかしくてこれ以上ナマエを見ていられなくて目を逸らすと、少しの沈黙の後、気を抜いていたら聞き逃してしまうほどの小さな声でナマエが呟いた。

「…実は私もアルミンのこと、す、好きなんだ…」
「……えっ!?」
「なんでそんなにびっくりしてるの…」
「そりゃびっくりもするよ…。まさか、本当に?」
「本当だよ。今日だって、アルミンとちょっとでも一緒にいたくて勇気を出して頼んだんだよ。講義でわからない部分があったから、チャンスかもって」
「でも次はマルコに教えてもらうって言ったじゃないか…」
「そ、それはアルミンが何も言わないから、やっぱり迷惑だったのかなって思って…」

信じられないような話だけど要するに、僕たちはお互い片想いをしていたってことで。
まったく予想なんかしていなかったからなんだか少し可笑しくなった。

「迷惑なんかじゃないよ。むしろその逆というか…。それに僕も…もっとナマエと仲良くなれたらいいなって思ってる」

目線を上げてちらりとナマエを見ればほんのり頬を染めたナマエと目が合った。

「えーと…それじゃあこれから改めてどうぞよろしくお願いします、アルミン先生」
「こういうことに関しては先生なんて出来ないよ…」

告白したのだって初めてだったし恋愛経験なんてほとんどないから教えることなんて出来っこなくて、むしろどうすればいいのか教えてほしいぐらいで。
そう言うとナマエはじゃあ二人で一緒に勉強して行こうか、と僕のとても好きな笑顔で楽しそうに笑った。



二人三脚で歩く
その笑顔がひとりじめ出来る幸せ





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