私は同期のアルミン・アルレルトが嫌いだ。

兵士のくせに運動が苦手なようで、兵站行進では毎回ビリか最後から数えた方が早いくらい。
体力は人並み以下だし、格闘術の訓練の時間はいつも傷だらけになっている。
それなのに調査兵団に入るつもりらしいことを風の噂で聞いた。
座学の成績は良いみたいだけど、いくら頭が良くたって一歩壁外に出たらそんなのは意味がない。
生き残るか、巨人に食われるか、ただそれだけ。
どうして兵士なんかやってるのか、さっぱり意味がわからない。
人には向き不向きがある。
いくら頑張っても、努力してもどうにもならないことがある。
頭は良いんだから技巧科に進めばいいものを、よりにもよって何故調査兵団なのか。
そして私はどうしてそんな劣等生をいつも目で追って気にかけてしまうのか。
本当に、意味がわからない。

格闘術の訓練で、運悪くアルミンと組むことになってしまった。
体を動かすことは好きだけど怪我をさせないように、なんて技術や思いやりは生憎と持ち合わせていないので、相手がアルミンだろうがいつも通りにやっていたらやっぱり簡単に投げ飛ばしてしまって訓練と言うよりは一方的にいじめているみたいになってしまう。

「…大丈夫?」

一応形ばかりの声を掛けると、アルミンはいてて、とか言いながらのろのろと立ち上がってから申し訳なさそうに私を見た。

「大丈夫。ごめん、僕なんかじゃ訓練にならないよね」
「まぁね。アルミンって兵士に向いてないと思う」
「…うん、僕もそう思うよ」
「ならどうして兵士なんかやってるの?開拓地に戻った方がいいんじゃない?」

少しきつめの口調でそう言うと、一瞬言葉に詰まったみたいに押し黙った。
だけど顔を上げて私を見る瞳には意志の強さみたいなものを感じて、今度は私の方が少し戸惑う。

「僕はやりたいことがあるから」
「…調査兵団に入るつもり?」
「えっ、どうしてそれを…?」
「アルミンなんかすぐに巨人のエサになるだけだと思うけど」
「ナマエは手厳しいね…」

アルミンは私の無遠慮で心無い言葉に慣れたのか、傷付いた風でもなくあはは、と力なく笑った。
多分自分でもわかってるんだと思う。頭は悪くないんだし。
それなのに、何で?

「余計なお世話かもしれないけど、アルミンは調査兵団よりも技巧科とかの方が向いてると思う。調査兵団に入っても無駄死にするだけだよ」
「……あの、ナマエ」
「何?」
「違ったら申し訳ないんだけど、それってもしかして心配してくれてる…?」

言いにくそうに小さな声で告げられたそれは私には充分衝撃的だった。
心配?私が?

「……何言ってるの?アルミンのことなんかどうだっていいし心配なんかするはずないでしょ」
「う、うん、ごめん。でもそう聞こえたから」
「心配じゃなくて忠告してあげたの。同期が死に急ぐのは私だって気分が良いものじゃないし」
「…うん。気に掛けてくれてありがとう」
「別に気に掛けてなんかない。私自身が嫌な思いをしたくないだけだから」
「それでも、ありがとう」
「……もう黙って」

ああ言えばこう言ってへらへらと自分の都合の良いように解釈しているのが腹立たしい。
それとも、考えたくもないけどこの苛々とした気持ちは、アルミンの言っていることが正しくて、図星を突かれた私自身に苛々しているのか。

無防備に垂れ下がっている腕を引っ掴んでこちらに引き寄せると、ぐらりとよろめきながら近付く身体。

「なっ、」

慌てた顔が視界に飛び込んできて、ちょっとだけ優越感を抱く。
間の抜けた、半開きになっている薄い唇に自分のそれを勢い良く押し付けた。
触れた時の感触だとか、そんなものを感じ取る余韻なんてちっともないくらい一瞬だった。
何事もなかったかのように唇を離すと、ぽかんと呆けていた顔がみるみるうちに真っ赤になった。
そしてきょろきょろと焦ったように周りを見回す。
そう言えば格闘術の訓練中だった。
幸い私たちの場違いな行動に気付いた者はいなかったらしく、教官もかなり離れた場所にいた。もしばれていたら即開拓地送りだろう。
浅はかだったと思うけれど後悔はしていない。

「……ナマエ、」

さて、どんな言葉で責められるのか。

「顔、赤いよ…?」
「…は!?」

何するんだとか、ひどいよとか、そういう言葉が飛んで来るものだとばかり思い込んでいたから予想外の言葉に驚いて思わず目を見開いた。

「した本人が照れてるの…?」
「う、うるさい!他に言うことないの!?」
「言いたいことはたくさんあるけど、ナマエまで多分僕と同じくらい真っ赤になってるから…」

頬を染めたまま、眉を下げてそう指摘されると途端に恥ずかしさが込み上げてきて居た堪れなくなった。
なじられる方がまだ良かった。
今のキスは甘いものなんかじゃなくて、物理的に黙らせるためにしただけなのに。
生意気だから一泡吹かせてやろうと思ったのに。
だけどそれはつまり、何も言い返せなくなってしまって降参したってことで。
それがばれてしまったからこそ目の前のこの男はキスをされたと言うのにこんなに落ち着いているのかもしれない。
そんなはずではなかったのに、恥ずかしくなってしまったのはそういうことなのか。
気がついたらいつも目で追っていたのは、そういうことなのか。

私でさえ気付いていなかった本心を引きずり出されてしまった。
無意識なのかそれともわざとなのか、問い詰めた所で私に不利なこの状況はきっと変わらない。

「……なに笑ってんの」
「ナマエの辛辣な言葉は裏返すのが正解なんだね」

それがわかったから。
そう言ってあどけないような、裏があるような、どちらとも言えない顔で微笑んだ。



本当は好きなのかも、なんて
罠にかかったのはどっち?





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