就寝前の休憩時間、お喋りに花が咲いている女の子たちを尻目に、賑やかな女子寮をこっそり抜けて静かで薄暗い廊下を歩いた。
こつこつと自分の歩く足音がやけに響き、少しだけ肌寒い。
手に持った暖かいミルクの入ったカップが手にじんわりと熱を与えてくれるけど、やっぱりそれだけでは心許ない。
何か羽織るものを持ってくれば良かったな、なんて考えていたら目的の場所まで辿り着いていた。
扉の前で立ち止まりこんこん、と控えめにノックしてから扉を開けると、一番前の席に座っていた彼が顔を上げた。

「アルミン、お疲れさま」
「ナマエ」
「調子はどう?」
「まあまあ、かな」

明日は立体機動の卒業試験がある。
三年間104期訓練兵として立体機動の技術や力を身に付けてきた実力が明日の試験で試される。
結果如何では卒業が許されず最悪の場合はここまで来て開拓地に逆戻りなんて可能性もなきにしもあらずで重要な試験だ。
皆緊張はしているみたいだけど今更どうこうすることも出来ないし、と早めに寝たりいつものようにお喋りしたりと思い思いに過ごす中、アルミンは講義室で一人、機動装置の整備をしていた。
机の上には様々な部品や工具が広がっていて、まだ終わりそうにない。
ミルクの入ったカップを手渡すとありがとうと言って受け取ってくれた。良かった、まだ湯気が出てるからきっと暖かい。
机の上の部品を動かさないように慎重に、隣りの椅子をゆっくり引いて腰掛けた。

「寝なくていいの?」
「うん。まだ眠くないしアルミンのことが気になっちゃって」
「ごめん、すぐに終わらせるよ」
「あ、そうじゃないの。ただ様子が気になっただけだから」
「そっか。…なんだか落ち着かなくてさ」

アルミンはファンのねじを工具で締めていた手を止めて、カップの中身を一口飲んだ。
ふう、と息を吐いてから呟くような小さな声で続ける。

「明日の試験、僕なんかが合格出来るのかな、とか失敗したらどうしよう、とか考えてたら整備に集中出来なくて」

アルミンは人より体力がない。
私だって偉そうなことを言えた立場じゃないし成績も特別良い方ではないけれど、アルミンは人並み以上に自分が体力面で劣っていることを常に気にしているようだった。
体力をつけようとミカサやエレンと一緒に筋トレをしたり走り込みをしていたみたいだけど、あまり効果はなかったみたいで。
だけど三年間頑張って、必死になってここまでやってこれたんだから。
今まで努力してきたことは決して無駄ではないはず。

「大丈夫だよ。今まで頑張ってきたんだもん。きっと上手くいくよ」

元気付けようと言った台詞だったけど、アルミンは何かを考え込むようにして下を向いてしまった。
カップを包み込んでいる両手をじっと見つめて眉を寄せたその表情はなんだか苦しそうに見えた。

「ナマエは……」
「え?」
「ナマエは立体機動にしても座学にしても常に平均以上だし何でもそつなくこなすよね。人と比べたってどうしようもないけど、僕は自分の無力さが時々心底嫌になるんだ」
「そんな…そんなことないよ。何でも完璧に出来る人なんていないよ。その…ミカサとかはちょっと規格外だけど…。アルミンは座学の成績がすごく良いんだし、立体機動だって今まで訓練の後に残って練習したりして頑張ってきたじゃない。きっと大丈夫だよ」
「それは僕が他のみんなより劣ってるから、その分時間を掛けてやらないと追いつけなかったから。それに座学の成績が良くたって、明日の試験に合格して卒業出来なきゃ意味がないんだ…」

歯を食いしばり悔しそうな顔をして俯いてしまったアルミンを、ただじっと見つめることしか出来ない。
焦ってるのかもしれない。
自分の力の無さとか実力とか、不甲斐なくて、どうしようもなくて、焦燥感に駆られているのかもしれない。
そんな時に気の利いた言葉も、何かしてあげることも出来ない自分がどうしようもなく無力に思えた。
むしろ余計に焦らせてしまった私はなんて役立たずなんだろう。
鼻の奥がつんとして涙が零れそうになるのをぐっと堪えた。私が泣いてどうするんだ。

「…無責任なこと言ってごめんね。でも私はアルミンなら絶対に大丈夫だって信じてるよ」

これ以上ここにいても余計なことを言ってしまうだけかもしれない。
それに私がいたら整備に集中出来ないだろうと思って立ち上がった。
そのまま女子寮に帰ろうとしたら、そう強くはない力で右腕を掴まれた。むしろすぐに振りほどけてしまえそうな弱々しい力で。そんなことはしないけれど。
思わずアルミンの表情を伺ったけど、この位置からじゃアルミンが下を向いているせいもあって見えない。

「……ごめん」

戸惑う私に向けられた声はとても小さかったけれど、聞き逃すことはしなかった。

「焦ってナマエに八つ当たりするなんてごめん。ナマエは僕のことを思って励ましてくれたのに素直に受け止められなくて、本当に…ごめん」

アルミンが謝ることなんてないのに、私を気遣う優しい言葉に思わずじわりと涙腺が緩む。
もう一度椅子に腰を下ろしてず、と鼻を啜ったらアルミンは眉を下げて私を見た。

「泣かせちゃってごめんね」
「違うよ。アルミンのせいじゃなくて、なんの力にもなれない自分が悔しかったの」
「ナマエはいつも僕の力になってくれてるよ」

ありがとう、と柔らかく微笑んだアルミンの顔を見たら胸がぎゅうっと締め付けられて更に泣きそうになってしまった。
おかしいな、いつもはこんなに泣き虫じゃないのに、今日は涙腺が弱まってるのかな。明日は大事な試験なのに真っ赤な目をしていたらかっこ悪いな、なんてぼんやり思う。
隣りでふう、と一つ息を吐いたアルミンは両手を上に伸ばしてうーんと伸びをした。

「今更焦ったって仕方ないか。ここまで来たらやるしかないんだ」
「うん。それにね、私はアルミンを信じてるから、だからアルミンも自分を信じてあげようよ」
「ありがとう、ナマエ。そうだね。今までやって来たことは無駄じゃなかったって、証明してやらなきゃ」

晴れ晴れとした表情で言ったその言葉は力強くて前向きで、少しは力になれたのかな、と安堵した。
迷いのない瞳で意気込んだアルミンは、きっともう大丈夫。

「ねぇ、ナマエ。一つ頼みがあるんだけどさ」
「うん?」

机に転がったままの機動装置の部品や工具に視線を落としてから、アルミンは遠慮がちに私を見た。

「もう少しだけここにいてくれないかな」

そんなの言うまでもなく、だよ。

「終わるまでいるよ」
「ありがとう」



強くなんてないから君が必要
もうちょっとだけ二人でいたいから、その部品が元通りになるまで時間がかかってもいいのに、なんて思った。





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