※走り抜け〜訓練兵時代で告白後、両想い前



今日は年に一度の訓練兵宿舎大掃除の日で、朝早くに訓練場に集められた後、教官から掃除場所の分担や三人組の班を作ってそれぞれ各所を掃除することといった説明を受けた。
ただの掃除とは思わず、これも訓練の一貫として心してかかるように、と声を張り上げた教官の一言を皮切りに訓練兵たちはぞろぞろと班を作っていく。
とりあえず仲の良いミーナと組もうかなと彼女の方を見ると、ミーナも同じことを思っていたらしく目が合った。そのまま近付いて話し掛けようと思ったら、間にハンナが入り込んで来てミーナに何やら恥ずかしそうにぼそぼそ言っている。一つ頷いたミーナは私に、ハンナがフランツと組みたいんだけど二人だと班にならないしそれに恥ずかしいからって私が二人の班に入ってって言われちゃって。ごめんね、と両手を合わせて申し訳なさそうに言った。
あのバカ夫婦許すまじ。
っていうのは冗談で全然構わないけどあの二人、もうとっくに付き合ってるんじゃなかったっけ…と疑問に思う。微妙な乙女心ってやつだろうか。ミーナは誰にでも分け隔てなく接するし恋愛相談にも進んで乗っていくタイプだからハンナも頼みやすかったんだろう。
さてそれじゃあどうしようかなと周りを見渡すと既に結構班が出来上がってきていて少し焦る。
そんな中、同じく一人で立ち尽くしているジャンと目が合った。マルコと組むんじゃないかと思ったら、彼は掃除の途中で絶対に遊び始めるだろうサシャとコニーの監視役として教官に任命されたらしい。さすがマルコ。
それからもう一人、想い人であるアルミンがちょっと困ったようにしているのが目に入った。
いつもの幼なじみ三人組で組むのかと思いきやエレンは今日珍しく熱を出して寝込んでいて、ミカサはと言うとユミルとクリスタの班に引き摺られるようにして連れていかれてしまったらしい。聞く所によるとミカサは掃除の達人らしく、ミカサがいれば面倒な掃除が早く終わると踏んだユミルの企みなのかもしれない。

「……組むか」
「うん」
「よろしく」

仕方なくといった感じで言ったジャンとそれに頷く私、苦笑しながら言ったアルミンの、なんだか奇妙な組み合わせの班が出来上がり、慣れない微妙な雰囲気を醸しつつその場を後にした。



そうしてやって来たのは男子寮。
私たちの班は最後の方だったらしく、早いもの順で掃除場所が決まったから必然的に面倒な場所が残されていて、まぁトイレよりはマシか、とこの訓練兵男子がいつも寝ている部屋にやって来た。
男子寮は初めて入るから少しわくわくしながら二人の後をついて行き、扉に手を掛けたジャンの背後から顔を覗かせてみた。

「おぉ…」

まず女子の部屋とは空気が違う。少しむさ苦しいというか。
でも案外綺麗に片付いていて驚いた。

「男子の部屋ってもっとこう…ぐちゃ〜ごちゃ〜ってしてるのかと思ってた」
「まぁ寝るだけだしな」
「なんだかナマエがここにいるのが少し不思議な感じがするよ」
「初めて入ったからねぇ」

二人にとってはいつも寝ている部屋だから何も面白いことはないんだろうけど私にとっては結構新鮮。
きょろきょろと周りを見渡していると、さっさとやってさっさと終わらせるぞ、とジャンが面倒くさそうに言った。



大掃除の後は教官が各所を回りちゃんと綺麗になっているかどうか確認するらしく、適当にやるわけにはいかない。
なので真面目に掃除を始めたわけだけど、やっぱりどうしても気になってしまうことがあるわけで。
床を箒で掃く手を止めて窓拭きをしているアルミンをちらりと見やってから、ベッドの階段を雑巾でごしごし拭いているジャンに話し掛けてみる。

「ねぇねぇジャン」
「あ?」
「アルミンのベッドってどこなの?」

内緒話をするように片手を添えて小声でそう聞くと、ジャンは眉間にしわを寄せて怪訝な顔をした。

「そんなん聞いてどうするんだよ」
「えー…別にどうもしないけど、好きな人のことは何でも知りたいって言うか…?」
「…にやにやして気持ち悪いぞお前」
「ただ聞いただけなのに!」
「じゃあオレに聞くなよ本人に聞け」

ぐ……。
別に何かあるわけじゃないしするわけでもないけれどなんとなく知りたくて、でも本人には聞けないからこうしてジャンに聞いたって言うのに。

「教えてくれたっていいのに。ジャンのケチ」
「誰がケチだ。何か変な事しそうだよなお前」
「何もしないよ!」

つい声を上げたら少し遠くにいたアルミンが目を丸くして私たちを見ていた。

「どうかしたの?」
「なっ何でもないよ!なんでも…」
「こいつがアルミンのベッドの場所を知りたいんだと」
「!?ちょっとジャン!」
「僕のベッド?あそこだけど…」

思わずアルミンが指差した方向をじっと見つめてしまった。
一段目の窓側の近く。
そうかぁ、アルミンはいつもあそこで寝てるんだ。隣りは誰なんだろう、羨ましい。

「それがどうかした?」
「好きな人のことは何でも知りたいらしいぞ」
「!?ちょっ…!」
「え…」

ジャ…ジャン貴様!!
顔がかっかして一瞬にして赤くなったのが自分でも分かる。アルミンも負けないくらい赤くなっていた。
ジャンへの怒りとアルミンへの恥ずかしさで爆発しそうだ。むしろ爆発したい。この場から逃げたい。ジャンを一発殴ってから。

「ばか!そういうことを本人の前で言うなばか!ばらすなばかー!!」
「バカバカ言いすぎだろ!」

ジャンの腕を力任せにぼかぼか叩くと痛ぇよ!とか怒ってたけどこんなんじゃ全然足りない。誰かブレード持ってきて。

「もう告ったんだろ!?なら別に隠さなくてもいいだろうが!」
「そ、そういう問題じゃない!」

確かに自分の気持ちは伝えたけれどそれとこれとは話が別で、なんて言うかもう全然わかってない。全くもってわかってない!
デリカシーのかけらもなさすぎて怒りと呆れが一気に押し寄せる。

「ジャンのばか!そんなんだからミカサに振られるんだ!ミカサに振られるんだ!」
「なっ…二回も言うなアホ!まだ振られてねぇよ!」

まだ、ってことは振られる予定なのか、なに弱気になってるんだ!と文句を言ったら一瞬言葉を詰まらせたジャンにお前は喧嘩がしたいのか応援したいのかどっちなんだ!と怒鳴られた。
私ももうどうしたいのかよくわからなくなってきた。
大声で言い合ってお互いぜぇぜぇと肩で息をしているのを、アルミンが困ったようにおろおろと見守っていた。
一旦呼吸を置いて落ち着いて、この不毛なやりとりが馬鹿らしくなったのかジャンが一つ溜め息を吐いてからさっきよりかはだいぶ静かな声音で呟いた。

「このアホ女…オレのことまでバラしやがって」
「まぁ…それは結構みんな知ってるから…」

口論の様子を見守っていたアルミンはひとまずこの戦いが一段落したことに安心したらしく眉尻を下げながらどうどう、と両手を前に持ってきて宥めた。
もしアルミンがいなかったら物理的な大喧嘩に発展してたかもしれない。
そもそもアルミンがいなかったらこの喧嘩はしてなかったわけだけど。でも私とジャンのことだからきっと何かしらで揉めてたに違いない。

「…ところでアルミン」
「なに?」
「さっきジャンが言ったことは気にしないで」
「え…」
「むしろ忘れて」

恥ずかしいから下を向いてアルミンの方を見ないようにぼそぼそと念を押すとうん…と少し戸惑い気味だったけれども了承の声が聞こえたのでほっと胸を撫で下ろす。
忘れてと言われてすぐに忘れることは出来ないとは思うけど、あれだ、気持ちの問題だ。
ちらりとアルミンの様子を伺うと私と同じように恥ずかしそうに俯いていた。ほっぺたが赤い。

「…ガキかお前ら」
「う、うるさいなー!もージャンのせいで疲れたからちょっと休憩!」

赤い顔をごまかすようにちょうど近くにあったベッドに腰掛けて足を伸ばす。
まだいくらも掃除をしてないけどジャンのせいでどっと疲れてしまった。

「そこダズのベッドだぞ」
「ダ、ダズかぁ……」

ダズのことが嫌いなわけじゃないけど正直アルミンのベッドが良かった。ここから少し離れてるから座るにしても不自然だし変態みたいだから潔く諦める。
ジャンもどかっと隣りのベッドに座って、掃除なんぞ点数にもならねぇしめんどくせぇとだるそうにあくびをした。
そう言えば、と思い付いてこの機会に前から聞きたかったことをアルミンに聞いてみることにする。

「ねぇアルミン、幼なじみのアルミンから見てジャンの片想いって報われると思う?」
「え?ジャン…?」

アルミンは大きな目をぱちくりさせてから、ジャンとは反対側の私の隣りのベッドに控えめに腰掛けた。
他人の惚れた腫れたの話はあまり興味がないけれど何故だかジャンの恋の行方は気になってしまう自分がいる。想いが通じることなんて奇跡でも起こらない限り万が一にもなさそうだし、到底叶いそうもない上に勝率が低いからこそ逆境にめげず頑張ってほしい。
お節介だとジャンに怒られるかもしれないと思ったけど本人もそわそわした様子だからこれは気になってるな。
期待を込めた二人分の視線を向けられたアルミンはええと…と考え込むようにしてから口を開いた。

「うーん…ミカサは基本的にエレンのことしか考えてないから。まずはそこをどうにかしないと…」
「アピールだよジャン!アピール!」
「お前楽しんでるだろ」
「うん」

そう言ったら軽く頭をはたかれた。暴力反対。

「いっそエレンの行動とか言動を参考にしてエレンっぽく振る舞ってみるとか」
「冗談じゃねぇ。あんな奴の真似事なんぞ死んでもごめんだ」
「いや…あながち効果がないとも言い切れないかもしれないよ。中身はともかく、目付きが凶悪で似たような悪人面なところはそっくりだしね」
「…言うじゃねぇかアルミン」

アルミンはああ見えて結構毒舌というか言うことは言うタイプで、そんなところも好きになった要因の一つだった。ギャップ萌えってやつ?
ふざけ半分で提案する私と真面目にアドバイスをするアルミンの両方の意見に突っ込みながらジャンは仰向けに寝っ転がった。既に掃除する気ゼロだ。

「オレは別にお前と違って今の所伝える気はねぇよ。ほっとけ」
「ふーん?言っとけば良かったって後悔する時が来るかもしれないよ?」
「そんときゃそん時だ」
「…ジャンとナマエってちょっと似てるなと思ってたけど、そういう所は正反対なんだね」
「私こんなに馬面じゃないよ!?」
「いや、顔の話じゃなくて…」
「お前はどうしてもオレに喧嘩を売りたいらしいな」
「冗談だってばー」
「こいつはバカ正直な単細胞で、オレは慎重派なんだよ」
「言ったな!」
「あー…また始まった……」

またもや一触即発な雰囲気に、アルミンは苦笑いした。
口を開けば飽きもせず喧嘩をしてしまう私とジャンは似た者同士、ぶつかり合わなきゃ落ち着かない性分なのかもしれない。
この関係性はきっと何年経とうが変わらないんだろうな、と予想のつかない未来の一つを思案した。



恋して騒げよ十代

お喋りに夢中になっていたら掃除の時間はとっくに終わっていて、教官から怒られたのはそれから少し後の話。





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